2017年12月21日木曜日

心臓移植を受けて水泳競技で活躍

 先日、TVで心臓移植を受けた少年が移植者スポーツ世界大会競泳で銅メダル、という言い素晴らし放映があった。中学生だったと思うが、泳ぎ方(自由形)が本格的な選手みたいで感心したり、嬉しくなったり。 移植までのストーリーが紹介されたが、阪大病院や国循(?)の建物が移っていたので、どこで移植を受けたか注目して見ていた。答えは海外であった。募金活動の映像もあり、母親も本人も、家庭も何も隠さずにオープンになっていて、すがすがしい感じでもあった。
 移植者スポーツ大会は毎年わが国でも行われていて、国内外で臓器の移植を受けた方々も頑張っていて、世界大会にもわが国から毎年沢山の方が参加している。一般社会では心臓移植や肺移植の患者さんの元気な姿を見ることは少ないが、こういう会に出ると移植の凄い力が伝わってくる。今回の放映も、心臓移植を受けた少年の姿に社会の皆さんもその素晴らしさに感動したのではないか。
 ただ、渡航移植をどうこう言うのではないが、こういう放送に国内で心臓移植を受けた方も是非登場して欲しいと思う。脳死からの臓器移植がまだ年間数例といったころは難しかったが、最近はいろいろな機会で移植者の顔が見られるようになった。とはいえ、まだ限定されているのでは。神戸の市民公開講座でも心臓移植を受けた方に登場してもらったが、いつも問題なるのは、ドナーの遺族の方への配慮である。法律の指針で、レシピエントとドナーの情報(個人情報)がお互いに伝わらないように配慮することが書かれている。このテーマは何度も書かせてもらっているが、わが国で例えば心臓移植を受けた患者さんがTVでその元気な姿を見ることが少ないことの背景にこの指針があるとすれば、やはり問題ではないか。
 先日の読売新聞の臓器移植シリーズの一つで紹介された話。脳死ドナーの家族がTVで肺移植を受けた元気な方の姿の放映を見ていて、画面に移植した日時が出ていてその日が亡くなった家族が臓器提供した日であった。このため、この方が家族の肺をもらった方と分かり、同時にその元気な姿を見ての感想が述べられていた。この放映で移植を受けた日を明らかにしてしまったことは、指針に触れるから今後注意するように、という声が出るのかどうか。遺族がこれで心が安まった、提供に同意して良かった、ということでいい話である。結果オーライではいけない、と原則論を強く主張する方もおられる。移植を受けた方も、ドナー家族との直接の対面は希望されないことも聞いている。
 今回の渡航移植患者さんのTVでの紹介、そして新聞記事での遺族の思い、など臓器移植の啓発活動において考える大事な事例であると思う。渡航移植と国内移植で移植を受けた方のメディアへの出方が違うのやはり何かおかしいのではないか。そして、臓器移植を受けた方が何かひけめを感じることのないように、学校や社会も移植を受けた方のその勇気そして頑張りに拍手を送る、という姿を皆で目指そうではありませんか。それがドナーとその家族への社会からの感謝にもなると思う。

2017年12月17日日曜日

新専門医制度で見えた内科・外科の不人気の背景は?


     再度 医師偏在に関連した話で恐縮です。
 新専門医制度が来年から始まるが、その一期生(卒後3年目)の応募状況が分かってきいている(日本専門医機構)。マッチングの一次結果なので最終ではないが、おおよその傾向が見えている。内科は2527人、外科は767人、総合診療は153人である。内科は全体の38%を占めるが、前年比(学会がまとめた登録数から)では約21%減少、外科は約6%減少という。外科はまだ何とか維持しているが内科はこれが本当なら大変である。一方、眼科の希望者、特に都会で目立っていると言う。内科外科は修練期間が長く、関連診療分野を回るので資格取得まで長くかかるが、眼科や皮膚科、耳鼻科はストレート研修できるので早く専門になれるという.こういうところが今の医学生に人気が出ているということになる。 
さて、ここでいう外科も内科も基本領域というもので、内科はその後に循環器、消化器病、糖尿病、呼吸器などに分かれていくので、この減少がどの分野がその影響を受けるかはこれからの問題である。外科も、消化器外科、心臓血管外科、呼吸器外科、小児外科、乳腺内分泌外科、などに分かれて行く。ここで誤解が生じやすいのは、社会で言う内科と外科は、昔はそれで通じたが今はこのような大きな括りでの内科、外科は存在しなくなっている。標榜科名には内科、外科は存在していて、病院でも内科と書かれている、実は内科の専門外来の集まりである。総合診療的な意味を持たせている場合もあるが、これからは別に総合診療科(内科というより全体を見る)というものが登場してくるので、世にいう内科の存在意義は薄くなっている。外科でいう一般外科は消化器外科が担当ということが多かったが、内科は特に消化器内科がカバーしているわけではない。ジェネラルな内科という専門性を持った内科医は限られて、サブスペシャルといわれる内科系医師が担当してきたが、今回、内科系ではなく一つの基本領域として独立した総合診療専門医が創設された。しかし、希望者はまだまだ少ない。
この総合診療専門医の登場で、内科外科といったジェネラルな初期対応の在り方は変わってくるのか。初診でしっかり鑑別診断が出来、専門医へ送る役割を果たす総合診療医、プライマリーケア医、が必要であり、わが国ではここが弱点であった。英国のような家庭医制度もない。新たな総合診療医がわが国で定着してくのか、大事な判断が要る。総合診療医を育てる仕組みが殆どないことが課題である。内科医のほとんどが循環器や消化器などのサブススペシャルで活動しているのは、大学の講座がそうなっていて、総合診療科はあっても大きな講座にはなっていない。ここを何らかのテコ入れをする施策や処遇改善をするなどしないと育たないのではないか。地域医療を担う病院(自治体病院など)で少なくとも若手を指導できる一人の総合診療医がいるようにすることで、いわゆる内科医不足の一部は改善されるのではないか。
論点を整理しなといけないが、今回言いたいのは、内科と外科といった大きな括りでの専門医制度の在り方である。両者は基本領域で、実際の専門性の高い部分はとサブスペシャルになる。この内科外科分野の二階建て構図は新専門医制度の構想初期で議論になり、外科ではすでにこの仕組みが定着していることによって、内科も渋々同調した経緯があったと記憶している。しかし本音でいうと、内科と外科の基本領域としての存在意義は薄れている。では何故残っているのか。自分自身は外科の共通する基本分野は残すべきと考えていたが、 新制度つくりが混迷を来している中で、反省時期に入っている。初期研修もそうだが、臨床医学のベッドサイド教育のあり方の変化もあり、かなりの部分が医学部教育への前倒しで対応できると思われる。今更ではあるが、10年先には新制度の見直しで現在の内科外科のサブスペシャルが基本領域に下がる可能性もあるのでは思っている。すでにその前兆として現実にはサブスペシャル研修(修練)の前出しで基本部分の内科と外科は形骸化してきている。一方では、内科外科のこの二階建て構造が本来の目指す姿を考えれば、そして10年後に立派な成果が上がれば、また様相は変わってくるのかもしれない。しかし、そのような前向きの変化は期待薄というのが現実ではないか。
内科希望者の減少というところに帰ると、専門医資格が卒後5-6年で取れるかどうか、という卑近な話で恐縮だが、この修練期間の話は大事な論点であるということになる。そもそも専門医といってもその分野の標準的医療のためのトレーニングが済んだということで、医師の生涯教育の始まりであることを考えないと本質から外れるが。さて、外科では参入者が微減とはいえ増えてはこないとすると、これも問題である。しかし、地域医療での外科ではどういう分野で医師不足なのかの分析がないと話が進まない。それに加えて地域偏在があるので、一概に総数での話は誤解を生んでしまう。
専門医機構の発表では、都道府県別で、内科では20名以下が16県ある。外科では10名以下が27府県もある。これは地域医療での外科の崩壊にも繋がる。日本外科学会内部資料でも分かるが、都市部の有名大学は人気が高く、地域偏在は現実に起ころうとしている。都市部大学で1プログラム50名以上の枠を作って受け入れようとしている。関連病院が多いところは枠が大きいことになるが、これだけ地域偏在が問題視されているなかでのプログラムの在り方が再度問われるのではないかと心配される。内科希望者の減少が事実とするとこれは医療体制維持、医学部講座の役割維持、において大変なことであると思う。
専門医制度の背景は複雑である。医局講座制、学会の覇権争い(会員確保)、多すぎる自治体病院(集約化できない)、勤務医の働く環境、女性医師への配慮、などなど、で頭が混乱してくる。


しばらく更新していなかったせいか、歳なのか、論点整理に陰りが出てきた。自覚できるだけまだ許されるか。

2017年11月19日日曜日

医師偏在是正を法改正で


関西もめっきり冷え込んでいるなか、北国からは雪の便りが送られてくる時期になりました。最近の話題といえば、地域医療絡みでの専門医制度でしょうか。しかも、地方の医師配置に国が法律を作って関わるという、かなりの問題を提起しそうな話です。

1030日の読売新聞、今日の毎日新聞(左)で、取り上げられているのは、地域の医師確保に都道府県(バックは厚労省)の権限強化、というものである。市域の医師不足対策で、これまで医科大学の地域入学枠があるものの数が少なく初期の目的に合わない現状もあり、都道府県が医科大学この枠の増員を要望できるように法改正をするようだ。また、実施において基礎となる地域の医師配置や診療科の偏在について新たな指標を導入するということである。後者については、厚労省は当然ながら十分なデーターを持っているわけで、これまで医師数の地域でみた概要は公表しているが、これからは診療科も含めた分析から医師の偏在について是正しようとする根拠に使うようである。法律でもって医師の専門分野の選択についても指導するということになる。医師の専門分野選択の自由が今後はお上主導で制限されてくる。良いのか悪いのか、複雑な問題でもある。

新専門医制度導入のゴタゴタがここまで影響するとは思わなかったが、新たな制度のコンセプト(プログラム制であり定員制導入でもある)のボールが少しは真面に帰ってきたところもあるのかとも思う。しかし、逆にピッチャー強襲ヒットにしてしまって、後は打たれ放題とも言える状況である。医師の生涯教育の初期段階を何とかアカデミア主導で改革していこうと頑張ったが、どやら厚労省の思惑通り主役の交代となったのか。厚労省も卒後初期臨床研修制度自体には手を付けずに、その後の専門医研修に手を伸ばそうとしている。新制度のコンセプト作りでは、厚労省の訴える地域や診療科の医師偏在是正を目的に入れることには抵抗してきた専門医機構も今や形無しの感である。

実は、専門医制度改革が始まろうとしていた時、私はある雑誌の巻頭言に拙文を投稿した。「専門医制度における定員制導入を医師偏在是正策に」(新医療、20089月号)というものである。医療崩壊という言葉が世に氾濫しているときであり、大学医学部や医師会がここで医師の配置について考えを変えていかないと自らが墓穴を掘っていくことになる。自分たちで制御していくこと必要で、専門医制度対応で来ることがある、という趣旨である。同様のことを胸部外科関係で書いたが、医師の自由度(自由裁量制)を妨げ国による統制社会になる、ときつい反論をされたことがある。しかし、医師側が自分たちの勝手ばかり言っていたら、そのうち医療を受ける側の社会からバッシングが来るから今からでも対応は遅くはない、とも書いた記憶がある。何か予言?通りになってきているのが恐ろしい感じである。自分の責任はさて置いての話で、無責任とも思われるかもしれないが、その後の専門医制度作りが進む中でも、こういう逆効果が出ると何度も忠告をしてきた話である。

一方では、国会では自民党が「医師養成、偏在是正議連」が発足したというニュースもある(m3.com, 11 3日)。卒前臨床研修の在り方、卒後初期臨床研修の中の地域医療研修、卒後2年での認定制度、医師偏在には大学や医師会との連携で新たな仕組み作り、などである。医師の方も多いと思われるが、初期研修制度不要論や医局の復権も大事との意見もあったようである。この議連の動きと先の法改正とはどう繋がるのか分からないところもあるが、先の厚労省の動きのような小手先施策(失礼)を進める前に、この際何が問題かをしっかりと議論をして欲しい。専門医制度を今更先送りにすることは出来ないわけで、プログラム制(かなり弱体化しているが)を基本に粛々と進める中で、上記の動きとの連携を模索していくことが大事であろう。言い換えれば、ピンチをチャンスに、である。

この記事を書きながら、改めて新専門医制度の根幹であるプグラム制導入(定員制)の重要性を思い起こしている。そして行政側に指導されるのではなくこちらが主体性を持ってリードしていくことが大事であると思わざるを得ない心境である。







2017年11月2日木曜日

日本学術会議の提言

 先の臓器移植市民公開講座の紹介が神戸新聞に掲載されましたので。

 それから、日本学術会議で出された提言、「我が国における臓器移植の体制整備と再生医療の推進」なるものが届きました。日本学術会議の臨床医学委員会・移植再生医療分科会からのものです(委員長は九州大学外科の前原喜彦教授)。内容は、これまで関係学会等が検討してきたものを日本学術会議という国のアカデミアの最高機関が改めて社会にメッセージを出したもので、意義は大変大きなことと思います。内容的には、再生医療は別ですが、脳死下臓器提供増加、心停止下臓器提供増加、に加えて組織移植における法整備が加わっています。脳死臓器提供増加では、提供施設の負担軽減が基本で、さらに臓器配分システムでの地域制(リージョナル制度)の検討、まで踏み込んでいます。提供施設のコーデイネーターについては当然しっかり触れられています。この提言を読むだけで、今の日本の臓器移植・組織移植の課題が浮き彫りにされていて、どう対応すべきかも良く分かります。素晴らしい提言です。

 一方でこの提言に対して国が(国会や行政)どう対応するのか、この提言がどれだけインパクトや影響力があるか、注目されます。ただ、内容的にはこれまで行政や関係学会の動きが緩慢であることへの警鐘とも取れます。

 以下感想です。 この学術会議の提言を読んでまず思ったのは、こういう提言をしなけれなばならない背景の分析はどうなのか、ということです。これは提言という性格から、要点しか書かれていませんが、大事なことであると思います。医学教育分野で、脳死と人の死の教育をどこまでやっているのか、二つの死の定義の存在、などへの踏み込みはこの提言の趣旨が体制整備であることからやむを得ないのでしょうが。

 とは言え、僭越ながら個人的に踏み込んで欲しかった(検討はされたかもしれませんし、既に出されているかも知れません)と思う事項は、国の財政的支援の現状はどうかという視点です。言い換えれば、日本臓器職ネットワークへの予算措置、都道府県への支援(コーデイネーター配置への予算など)、臓器・組織移植関連診療報酬の支援(臓器提供業務については触れられています)、死体臓器・組織移植支援への国の予算の費用対効果や諸外国との比較など、であります。国がこの提言の具体的内容について、これまでどれくらいお金を付けているのか、ということをこのような視点で踏み込んで提示して欲しいと思うわけです。この学術会議の臓器移植担当の部会の活動として既に出されているのかもしれませんので、この意見は私の調査不足かもしれません。しかし、いずれにせよ学術会議の提言に恐れ多くも物申すと言いうことではなく、どうフォローするのかということとご理解くだされば幸いです。

 なお、再生医療の推進、も同時に書かれていますが、これはやはり別扱いではないかと愚考します。臓器移植(主に死体からのもの)と再生医療は、社会の目で見ると相対する医療手段として捉えられているむきがありるからです。そもそも再生医療は社会が科学技術の進歩という点で大変注目している状況であり、臓器提供システムの話とは背景が異なるのではと思うからです。少し脱線しましたが、学術会議の委員の先生方には、この提言の纏めへのご尽力に最大の敬意を表していることを付け加えさせてもらいます。

 この提言は、日本学術会議HP 
    http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t252-3.pdf で閲覧できます。



2017年10月31日火曜日

日本人と英語力

最近の新聞記事には海外からの旅行者向けに簡単な説明用の英語を知っておこうという動や、日本の英語教育についての課題、といった内容の記事が目に付く。日本人はなぜ英語が話せないということで様々な意見や学習広告が目に付く。この点について少し私見を述べてみる。特に目新しいことはないのであまり期待しないで頂きたい。
英語教育現場ではなく一般社会での話でいうと、新聞やTVなどのマスメディアの問題が大きいと思う。まずTVでは、ニュースや特集番組での海外の方の話を字幕ではなく日本語に吹き替えることが常態となっている。少しでも外国語、特に英語に馴染もうとすることには逆効果である。字幕が見難い方もおられるとは思うが、若い人たちには勿体ない話ではある。映画も、吹き替えでなく字幕版をもっと増やせばいいと思う。こういう吹替文化は、若い人の外国語力を低下させているのではないのか。
NHKニュースでの英語の吹き替えはそう多くないかもしれないが、一般的にNHKとしてのスタンスにも問題があるのではないか。公共放送だからと言って、英語教室ではなく一般の放送での話であるが、nativeの英語の話に親しむ機会を少なくしてはいないか。TVではニュース以外にも特集番組があるが、先日はNHKで金融工学の話があった。一つのサンプルと思うので紹介する。米国のこの分野の先駆的人物の紹介があったが、名前はカタカナが多く、英語併記が少なかった。呼び方も従って日本語である。後で述べる新聞もそうであるが、カタカナと英語は全く違う言葉で、特に名前の発音では日本のTVで聞いた名前では海外では通じない。 その番組でのキーワードにtruthがった。 画面では英語で書かれているが、ナレーターはツルース、という。 thの発音相当するものがないから仕方がないが、これくらいは正確に言ってほしい。発音、イントネーションでは、フロリダのOrland も最初のオーを強調するか後のランドのラをそうするのかで全く違うことになる。前者では通じないわけで、海外のニュース担当者も英語ではそう言っていないが日本語となると日本人しか通じない発音にしてしまう。発想が、英単語はまず日本語に直す、ということであって、英語で伝えるという考えがない。マクドナルド、コープ、インターネット、しかりである。若い人で海外に出かけよとする人たちは、その違いを知っておくべきである。
新聞もこういう意味では弊害になりかねない。海外の方の紹介では、名前の英語併記はごく限られている。それは字数の問題よりも縦書きにあると思う。何故日本は縦書きと横書きが並列して行われているのか。学校の教科書では国語や社会では縦書きである。無論、漢字文化であるからしょうがないといえばそうであるが、中国(台湾は縦書きらしい)は横書きを採用している。但し、英語名はアルファベットではないようである。日本の一流紙も部分的には横書きのコーナーもあって、ここでは英語表記は容易である。縦書きの英語は意味がないのでやらない、で済ましているのでは。米国大統領も、トランプ、では通じない。名前だけではなく、国際的なニュースでの英語表記は、いつもではないが、時に書くことも大事であろう。ニュース等での注目される言葉の解説は横書きコーナーにしているから、心配ご無用、というかもしれない。しかし、要は、英語(外国語)に親しむ、という視点がメディアには欠けているのではないか。我が国の縦書き文化と海外の横書き文化との違いは大きいと思う。伝統文化は別にして、情報伝達としては考える余地があるのでは。どこかの新聞が、10年後には横書きにする、と宣言してくれないか期待しているところである。勿論、日本特有の文芸・文化は縦書きでないと話にならないが。

こんな戯言が若い人には通じない、とすればそれが問題か。最近、英語力が落ちている中で、海外映画も字幕版を見るようにして儚い努力をしているが、日本文化にどっぷりと浸かってしまっている頭の中では英語力の退化は避けられないと自覚している。

2017年10月25日水曜日

神戸で臓器移植についての市民公開講座が開かれました

台風21号が近畿地方に接近するなかの22日(日曜日)は衆議院選挙と神戸市長選挙とも重なりましたが、予定通り三宮にて臓器移植市民公開講座を行いました。夕方には交通機関の間引き運転も報道されていましたが、70人を超える沢山の方に集まってもらい、予定通り開催できました。日本移植学会理事長の東京女子大教授(肝臓移植)の江川裕人教授もご多忙の中駆けつけてくれましたし、神戸大学の泌尿器科の石村武志先生、そして移植を受けた患者さんにもご協力頂きました。3名の講演の後、総合討論では神戸大学腎臓内科の吉川美喜子先生と兵庫県ドナーコーデイネ-ターの今村友紀さんの司会で、参加者からの質問もあり有意義な意見交換が出来ました。また、兵庫県の行政の方にもご参加頂きました。

参加の皆さんは殆どが臓器移植に関係する方々(移植を受けた方、ドナー家族の方など)のようで、一般の方々の参加は少なかったのではと思われます。天候や選挙などが影響したのかも知れませんが、何時ものことかと思っています。しかし、神戸新聞の記者さんも選挙で忙しい中取材に来られていましたので、何らかの報道があるのでは期待しています。

江川移植学会理事長には我が国の臓器移植の抱える諸問題とそれに対する学会の取り組みを熱く語ってもらいました。人口百万に当たりの年間の臓器提供数が、欧米やお隣の韓国では15-25例というなかで0.7(1以下)という我が国の現状はまさに後進国どころか未開発国のようなものです。その背景には臓器提供を支える仕組みの不備が大きいとのお話しでした。国もいろいろな施策を講じていますが、まだまだ歯がゆい感じがします。

私の話しも、脳死移植しかない心臓移植では補助人工心臓の進歩のなかでも多くの方が希望が叶えられずに亡くなっていることや、小さな子どもさんが海外に多額の募金でもって出かけている現状も紹介しました。講演中に会場や皆さんの携帯のアラームが一斉に鳴り出しびっくりしました。避難勧告だったようですが、何とかかその後2時間ほど、参加の皆さんには我慢して頂きました。

纏めとして、折角の機会(法制定後20)でしたので、社会へのメッセージとして、「兵庫宣言」という格好で発表させて頂きました。こういう共通の目標をしっかり社会と共有することが大事と思います。また、提供施設の負担軽減は大事で、最後に提供施設の方々のご努力に感謝しつつ、そのための施策の実行を行政に願いすると言う趣旨で、院内ドナーコーデイネ-ターとは直接触れていませんが、最後に纏めてあります。



さて、最後はかねてから懸案の(私にとって)、移植を受けた方と提供者の情報が相互に繋がらない様にするということについてです。移植者とドナー家族との面会は、という趣旨で少し意見が出ました。心臓移植を受けた方からは、直接おお会いしたり情報が来ると言うことは、自分の心の持ち方として、ない方がいいとの意見でした。これはそうだと思いますが、お互いに直接の情報が伝わる云々と言うより、そういう縛りでもって移植を受けた方やドナー家族が社会に出にくくしているのではないか、と言う視点での議論が残っていると思っています。これはガイドライン違反とはならない話しであると思うからです。
会場にはドナー家族の方も来られていて、総合討論の最後にご意見を述べて頂きました。臓器提供が進まない社会の仕組みや行政のスタンスへの厳しいご意見でした。ドナーファミリーの会も近々ありますが、その方々のご意見を社会はもっと共有すべきと思います。神戸宣言にある、社会が共有する、と言うことの大事さを改めて感じました。


今月はいろいろな場面で法制定20周年の記念イベントが行われましたが、これが一時の取り組みではなく、継続して行われることが大事であることを関係者やマスメデイアに理解して欲しいと思いながら帰途に着きましたが、もう周りは暴風圏内でした。

2017年10月16日月曜日

臓器移植法制定20周年


 20年前(1997年)の1015日は脳死からの臓器移植を可能にした臓器移植法が制定された日で、これに合わせて全国でいろいろな取り組みが行われている。昨日は東京で日本臓器移植ネットワーク主催のものもあり、今日の読売新聞は臓器移植を取り巻く諸問題を大きく取り上げている。振り返ると、和田心臓移植から30年近く経っていたが我が国らしく法律で道を開いたのが1997年。実際の脳死からの移植は19992月の高知赤十字病院での法律の下での脳死判定がなされ心臓と肝臓がそれぞれ大阪と松本に送られたのが始まりであった。その後、臓器提供が少なく移植希望患者さんには厳しい時期が続いたが、実質的に臓器移植が身近になったのは2010年の法律改正がなされてからである。当初の法律下では年間10例に満たない少ない臓器提供を、救急医療や移植医療関係者の努力でもって社会の移植医療への不信や危惧を払拭する結果を出し、その結果それまでの本人の書面での提供の意思と家族の承諾という厳しい条件が法改正で家族の承諾でも可能とする緩和に繋がり、現在の年間50例以上の提供になっている。
さて、法改正で臓器提供も年間50例を越えるようになったとは言え、欧米やアジア諸国の人口100万に当たりの年間臓器提供(脳死および脳死後心停止)は20-30件であるのに対し日本は0.6という50倍以下である。これは宗教や文化という背景以上に制度上の問題があることを物語っている。これまでも指摘しているが、法律で守られている(制限されているというより)臓器提供を医療関係者はもっと知るべきであり、また救急医や脳神経外科医、小児科医などの負担を軽減させる施策をもっと進めるべきであろう。患者さんが死に至るようになったときに、医師は脳死に限らず臓器や組織の提供という選択肢を提示する役割を持っているという認識がいる。法律で義務付ける前に普段からでも出来ることではないか。しかし、その前提は国民が広く臓器移植を良く理解していなければならない。そこが今後も課題であり、今回の節目の年に関係者は努力すべきである。移植を受けた子どもさんや大人の方の元気な様子を見てもらうのが、移植医が色々言うことより何倍も説得力がある。また、施策のなかの提供側の負担軽減の具体策に向けては、国家議員連の先生方も選挙が終わったらまた活動を再開して頂きたい。
さて、兵庫県の移植医療関係者の行政への提案については8月末に書かせてもらった。その後の経過報告であるが、救急病院の臓器提供への負担軽減の要は院内ドナーコーデイネーター充実である。しかし、専任や増員は人件費の増加になり病院管理側はまず無理という回答である。また、その資格付与も関係学会等ではそう積極的ではない。ということで関係者と意見を纏めているが、どうも院内ドナーコーデイネ-ターの方は問題が多く、まずは都道府県ドナーコーデイネ-ターの増員とか補佐役のコーデイネーターの配置が作戦上重要であるということになって来た。近々、県と神戸市に再度訪問する予定である。
臓器移植の啓発活動では、今度の日曜日、22日、総選挙と重なったが、神戸市内で公開講座を開く。移植を受けた患者さんにも登場してもらう予定である。チラシ参照。ここで社会への何かメッセージが出せればと思う。そのためには、公開講座の最後に、神戸宣言2017、を出すべく準備中であるが、メディアが取り上げてくれるのを願っている。
先週は秋田市で日本心不全学会と日本心臓移植研究会が開催された。高齢者の心不全が大きなトピックスで、チーム医療ということで盛り上がっていた。一方の心臓移植研究会では、川島国循名誉総長のこれまでの50年にわたる心臓移植への取り組みの総括があった。心臓移植にはそういう歴史の重みもある。歴史認識を大事にしながらこれからの心臓移植を進める方々は、これまでの外科医主導から、内科医、小児科、救急医、脳外科医、そしてコメディカルと連携した総合戦略を立てるべきと思っている。勿論最近はこの仕組みは進みつつあるが、10年後に心臓移植を年間200例達成すると、いう目標を再確認して進んで欲しい。人工臓器、再生医療も大事だが、移植医療は世界で臓器不全治療のゴールデンスタンダードとなって久しいことを再確認してほしい。
心臓移植研究会で問題提起したのは、心臓と腎臓の同時移植、心臓と肝臓の同時移植、である。この分野には現状で全く道を開こうとしていない(少なくとも私にはそう思える)ことへの危惧である。成人先天性心疾患への心臓移植のことで述べたと思うが、待機期間が何年も無理で、また人工心臓の適用も困難な患者さんをどうするのか。ドナー不足だから今は無理、と言うことは移植医療に関わるものには禁句であると思っている。何年も待たないと臓器移植の恩恵は受けられない現実は異常であると言う社会認識がまず必要で、また長期の待機が出来ない方への救済策システム(臓器配分システムの改変)を作ることが行政と関係者の急務である。準備しても何年もかかるのではその間に多くの方が亡くなるのである。
上記の課題と共に、臓器移植推進のために今何を行うべきか既に整理されている。それは提供病院の負担軽減であり、臓器配分システムの再考である。特に前者ではこれを集約的にまず進めることである。救急関係の学会も、臓器提供の選択提示をクリニカルパスに入れようとしている。5年後に、今の取り組みがどう成果を上げているか楽しみである。


2017年10月9日月曜日

チーム医療再考

1週間ほど前になりますが、以前勤めていた兵庫医療大学の開学10周年の記念会がありました。初代学長という大役を6年間務めさせてもらった大学が今年10年(実際は11年)目を迎えたので参加してきました。兵庫医科大学の姉妹大学としてポートアイランドに薬学、看護学、リハビリテーション学(理学療法、作業療法)の3学部でオープンしたのが2007年でした。ボーダレス、チーム医療を旗印に掲げてのスタートでしたが、私が退職後も次期学長や教職員、そして法人(兵庫医科大学)の多大な支援により、新設ながら立派に成長しているのを見るのは嬉しいことです。チーム医療は医療現場では当たり前になってきていますが、医療系の学部教育でこれを掲げられたのは兵庫医科大との連携があってのことで、学部教育での合同チュウトリアルも軌道に乗っていて安心しました。かっの医学部出身の教員は、医学部学生と混成させた演習なんかうまくいかないのではと危惧していたが、見事に花を咲かせましたね、と感慨深く話していました。

さて、医療界ではチーム医療という言葉が氾濫しています。健康保険でチーム医療加算というのが続々出来てきて、また介護や先進医療での複雑な医療の展開が進む中でチーム医療をどう進めるか真剣に議論されています。先日も、日本手術医学会という学会が東京であったのですが、理事を務めている関係で参加してきました。この学会は、手術という場での沢山の課題を、多職種が集まって議論する学会で、外科医以外に麻酔科医、そして看護師、臨床工学技士、薬剤師、など多彩です。今回は東海大学の麻酔科の教授が会長でしたが、盛り沢山の内容のなかで、チーム医療や多職種連携、という名がついたものが目につきました。まさのチーム医療オンパレードで結構面白かったのですが、些か食傷気味の処もありました。

というのは、何か新たな医療を始めるにあたり、あるいは質の向上を目指す上、何か踏み絵みたいな使い方がされている所もあり、ちょっと待って、本質は別でしょう、と言いたくなる場面もあります。ひねくれた人間ですいませんが、本質は何かの議論が薄いまま(失礼します)で時代の流れで進んでいるようなことが多いのではと思います。そこで、本質云々でいうと、手術医学ではやはり外科医がどう思っているか、どう行動しいているかです。例えば、最近注目されている認定看護師や特定看護師制度、周術期管理では麻酔学会主導の周術期管理チーム制度、など手術がらみの新たな取り組みがあって、シンポジウムでも取り上げられました。演者は、日本看護協会代表、先進的病院の看護部長、そして麻酔科学会の重鎮、がそろっての議論でした。新たな手術管理認定看護師制度や特定看護師制度もあり、それなりに面白かったのですが、肝心の外科医がそこにはいなかったのです。そもそもこの学会はプロパーの外科医の参加は少ないのですが、何か物足りない結果に終わった感じでした。究極のチーム医療の場である手術における種々の課題を解決していくには、手術をする外科系医師の理解と協力がないと進まない現実があり、そこにはもう問題がないのか、という疑問が出てきます。大学病院や優れた教育的病院はいいでしょうが、一般の病院ではどうかでしょう。

多職種が関与する医療で、職種間、医師間のコミュニケーションが十分とれているか、それこそチーム医療がうまく動いているかの要と思います。今回の学会でも、この職種間のコミュニケーション、言うべきことしっかり言う、これが大事という教育講演もありました。チーム医療体制は保険加算を取るためのものか、という問題提議もありました。時代に流されてチーム医療!で浮足立つのではなく、例えば手術の現場では外科医(外科系)がどう対応すべきか、他職種の意見をしかり聞けるか、という本質の議論をもっと進めることが大事ではないか、というのが外科医としての感想でした。

最後に、医療者がチーム医療に積極的に参画するためには、それぞれの専門分野で自己研鑽が必要であると共に、チーム医療とは何かを各自が考え、自己の意見をしっかり言えるようにすることが今さらながら大事と思った次第です。何か、学長時代の卒業式の挨拶みたいになってしまいました。

兵庫医療大学の大学祭に行ってきたのでその写真を紹介します。大学のシンボルであるフクロウと目の前の神戸の海を取って、海梟際という名前です。







2017年9月30日土曜日

札幌にて


 昨日まで北海道札幌市で開催されていた日本胸部外科学会から帰ってきたところです。第70回という節目の記念すべき学術集会で、北海道大学の心臓外科・呼吸器外科講座の松居喜郎教授が会長で盛大に行われました。大通公園の近くの大会会場は隣合わせですが3つに分かれ、その中で9つの会場があり、ポスター会場を含めると10以上となっていました。聞きたい演題も沢山ある中での会場選びではやや混乱していました。私は特に発表も座長のような用事もなく、久しぶりに札幌を楽しでもよかったのですが、まあ半分真面目になって勉強してきました。私は札幌生まれで10歳までに過ごしたので、いつ来ても懐かしいのですが、今回はxx歳の誕生日と重なり仲間からお祝いをしていただきました。生まれ故郷での誕生日は何か心に沁みました。

さて、いつものごとく論点整理と課題解決に移りたいのでが、あまりそういった話題は残念ながら少なかったようです。あえて一つを言えば、新専門医制度におけるサブスペシャル領域をカバーする胸部外科学会としての役割が問われたということです。問われたというより、私が問題提起をしたのですが、心臓血管外科の新たな制度設計ではプグラム制で行くことがほぼ決まっていたのですが、この夏ごろの心臓血管外科専門医認定機構でそれをカリキュラム制、これまでと同じ、に戻していたのです。そういうことが評議員会や総会で報告事項として紹介されました。方向性の変更は大変遺憾なのですが、その決め方が上記の機構(胸部外科学会、心臓血管外科学会、血管外科学の代表が参加)で決めて、それぞれの学会は報告したらいいという仕組みであったことを改めて知り、びっくりしたのです。こんな大事なことを学会員には報告だけで済ます(説明はありましたが)ということで良いのか。新制度が始まろうとしている中で、また多くの議論がされている中で、こんな上位下達方式でいいのか、と問題提起をさせてもらいました。関係者の方から、盲点を突かれたという反応でしたが、どうなるでしょうか。

専門医制度が新しくなるのは来年度からで、いわゆる内科や外科、耳鼻科、眼科、などの基本領域(1階)はプログラム制で準備が出来、10月から各プログラムでの募集が始まります。対象は卒後2年間の初期臨床研修が終わる人たちです。ある程度の定員制ですから初期研修制度のようなマッチング方式になりますが、どう進むか大変注目です。これがうまく進まないとその後の全体構想に大きく影響しますから、関係者はピリピリしています。一歩間違うと、官製(管の管理)制度になるからではないでしょうか。医学会(界)はここが踏ん張りどころで、関係する学会は自己保身ではなくこれからの若い医師をどう育てるかを第一義に考えて欲しいと思います。自己反省も踏まえてです。

学会のなかで面白かったのは、私が20年位に発表した手術方法を使っての発表がありました。肥大型心筋症の手術ですが、内視鏡を使った応用でそれまでアプローチに限界があったところを克服していました。特にコメントはしませんでしたが、きちんと私の論文を紹介してくれていたので満足でした。また、古巣からの発表では、小児の心臓手術で大血管転位症へのスイッチ手術(ジャテーン手術)の長期遠隔報告があり、もう30年くらい前になりますが、この手術の導入早期の症例が無事成長し成人になっているのを確認できたのは嬉しかったことの一つです。


といったことでいろいろ有意義な学会で、楽しめました。今回は札幌郊外へ足を延ばすことは出来ませんでしたが、冬には学会とは関係なく出かけたいと思いながら帰ってきました。今週は衆議院解散で世の中大騒動ですが、学会中は北海道のニュースが見れたので興味深かったのです。その中で横道孝弘氏が政界から引退するというニュースもありました。衆議院議長も勤められた北海道屈指の政治家ですが、実は小学校の1年先輩の方です。勿論、小学校時代の記憶はありませんが、同窓としてご苦労さんでしたと申し上げたいです。これで今月も目標?の3つ目を投稿出来ました。

ここ写真は札幌ではなく、静岡県のお寺のお庭です。学会前に遅い夏休みで出かけてきた時の写真で、このブログの背景にも使っています。


2017年9月26日火曜日

単回使用手術器具(SUD)の再使用

 
最近の医療関係で新聞沙汰、関西だけ、になっている一つに手術器具の再消毒による不法な再使用があります。整形外科や脳外科で使う骨に穴を開けるドリルの先につける金属製のバーです。私は整形外科医ではないので不勉強ですが、沢山の種類があって場所や使用目的で使い分けるのでしょうが、複雑な構造ではない金属製(と思います)の先端に刃の構造がある棒(バー)です。これらは国が製造販売認可した、単回使用医療機器(ほとんどは輸入品)、ですから、再消毒(滅菌)しても使ってはいけないものであります。他の患者さんに使ったものをいくら消毒しても感染症を完全に防ぐことは出来ないし、機能が劣化しては医療事故になりかねないからです。手術による感染といえば、以前(1980年代)にあったのは狂牛病、クロイツフェルト・ヤコブ病、があります。脳外科手術で起こったことですが、日常の手術でも再使用は致死的な感染がないからといって許されるものではなく、広い意味での健康被害が生じる危険があるからです。手術傷のちょっとした感染でも入院期間が何倍にもなってしまいます。医療費がとんでもなく高くなります。

単回使用医療機器は、single use deviceSUD)、使い捨て機器、と言われていて、現在の手術用の機器や医療用カテーテルはすべてがそうなっています。このSUDの再使用問題はもう20年近く前に遡ります。内視鏡外科手術が導入されたころ、プラスチック製の簡単な器具、皮膚の貫通部に置く筒、でも高価であり、十分滅菌すれば完全であるといって、多くの施設で再滅菌・再使用がされていました。もったいない、手術経費減らそう、ということで各病院が自己判断と自前の方法で再滅菌していたのですが、感染症、器具の不具合の危険性があり、国が再使用を禁じるに至った経緯があります。今、整形外科の骨用バーでは病院長が謝罪の記者会見をしていて、マスコミは鬼の首を取ったかの如く扱っています。確かに再使用は健康被害が出かねないので禁止されていて法令違反になり、場合によっては医療費不正請求(不整脈用カテーテル器具でありましたが)になりますが、今回の骨用バーとはどういうものかは知らされず、単に再使用禁止品の不正使用と、としてニュースが流れています。ニュースも、単に悪い奴、ということではなく、そのバーというものがどういうものであるのか、きちんと紹介することも必要でしょう。何も再使用をサポートするものではないのですが、そこにある何故そうするのか、ということまでの突っ込みがあれば良いかと思うからです。

最近ではある有名私立医科大学病院が経営破綻か、といったことも報道されていますが、このSUDの違反使用の背景には、医療コスト、特に手術費用(手術の保険点数ですが)や病院経営に関係する医療事情があるからです。手術の保険点数は決して高くありません。何とか人件費を減らし、医療機器代を減らさないと、大きな手術をしても最終的には赤字になりかねない状況が起こりかねないのです。しかも使い捨て機器はほとんどが輸入機器であることも問題でしょう。整形外科で腰椎の手術をしても、手術自体の保険点数(技術料)より使った輸入品の医療機器(体内埋め込みですが)の方が高いのです。その医療機器代は海外に行くのですから、必然的に高く設定されています。しかし、何といっても今回の骨用バーもそうですが、骨に1cmの穴をあけただけで、後は捨てる、開封して手術台に載せても使わなかったものまで廃棄するわけです。まさに資源の浪費であります。少し乱暴ですが、そういった背景が絡むSUDなのです。でも、国もやっと重い腰?を上げました。

ニュースでは、平成29731日に、厚生労働省は、再製造単回使用医療機器に係る制度の導入に関する施行規則等の改正等及び通知等の発出を行いました、とあります。以下、厚労省の説明文です。
再製造単回使用医療機器は、単回使用医療機器(一回限り使用できることとされている医療機器)について、医療機関において使用された後、医療機器の製造販売業者がこれを収集し、検査・洗浄・滅菌等の処理(再製造)を行い、同一の使用用途の単回使用医療機器として再び製造販売するというものです。米国においては2000年代初頭より、EU諸国でも20175月に再製造に係る規制を含む医療機器規則(MDR)が施行されるなど、再製造単回使用医療機器に係る制度が既に導入されていることなどを踏まえ、本邦でも導入をはかることとなりました。PMDAとしても、再製造単回使用医療機器に係る制度への対応について、厚生労働省とともに取り組んでまいります。

ということで、医療機器の世界も変わってきます。ただ、これは再製造であり、分解して完全に滅菌して、新品と同じようにして販売するもので、院内で行うものはありません。コストはどうなるのか分かりませんが、安くなるというより資源の再利用の意味が大きいのかもしれません。米国では、腹腔鏡用血管シーリングデバイス ・トロッカー ・超音波診断用カテーテル ・電極(EP)カテーテルなどです。今、身近の話題では、人工心臓があります。補助人工心臓は機種によってはこれが対象となります。分解してごく一部の部品は取り換えるとして、殆どが再使用可能な金属性(チタン製)で出来ているからです。ただ、患者さんに使用したものを再使用できるかどうかはこれからです。

SUDに関係した最近のニュースの解説をコメント付きで書かせてもらいました。大学病院ともあろうものがトンデモないというだけでなく、その背景も知る必要があります。とはいえ、医療従事者こそコンプライアンスへの意識と実行が必要であることを改めて肝に銘じなければならないことは当然です。それにしても、心臓外科もそうですが、最新の医療機器、デバイス、に外科医が翻弄されていて、本来の外科手術とは何かを見失いそうな今日この頃です。

2017年9月11日月曜日

旭川にて

皆様、ご機嫌如何でしょうか。こちらは9月に入ってのんびりモードからギヤチェンジというところです。
9月に入ってからは先ず東京での日本人工臓器学会が例年の11月とは違って早く開催されました。法政大学の生命科学部山下明泰教授が会長で、飯田橋近くの法政大学キャンパスで開催され、一日だけ参加してきました。人工臓器学会は多くの体の臓器の代行をする人工的手法の学術を対象にしていて、当初は人工透析が対象の学会ですが、最近は人工心臓関係が幅を利かせているようです。会長が基礎系、理論系ですからいつもと違った雰囲気でしたが、結構盛り上がった学会でした。なかでも補助循環関係が多く、看護師、臨床工学技士の参加も多く、賑わっていました。こういう学会は臨床系だけでなく、機器開発や技術開発に関わる基礎系・技術系の研究者が大いに活躍してもらえる場でないと、国産の技術や機器が出てきません。海外の医療機器の使用経験の話では先が暗いです(自己反省しきりですが)。
補助人工心臓分野では、植込型が普及し心臓移植の34倍の患者さんがこの状態で移植待機中のなか、移植を目指さない永久使用(DT)が学会では最大の関心事です。この臨床治験も症例登録は済んで来年には保険適応にするかどうか検討されるようです。確しかに心臓移植は年間50例とすれば34倍の患者さんが待機するわけで、34年の待機期間は異常です。といって、永久使用(Destination Therapy)は建前上移植適応ではない患者さんが対象ですが、まだまだいろいろ課題はあります。米国ではものすごい勢いで普及していますが、心臓移植も年間2000例は行われるなかで、比較的高齢の方への適応が進んでいるようですが、移植待機とのミックスしたところもあります。柔軟に対応し、患者さんの意思の尊重が優先されます。日本ではどうなるのでしょうか。65歳以上で心臓移植対象外の心不全の方には確かに福音かもしれません。しかし、高齢者医療の社会的基盤や医療現場の理解はまだまだ不十分です。試験的に進めることはあっても健康保険で扱うかは大きな問題でしょう。
補助人工心臓は今の適応とされる移植待機患者さんとこの永久使用の対象患者さんの二つの大きく異なる対象者の間には、どちらとも決めかねる患者さんが結構多くいます。今、保険制度上はこの間にいる方は置きざれにされかねない状況ともいえます。この問題は関係の会議で訴えましたが、放置されています。新しい医療の導入もいいですが、対処患者の背景のしっかりした調査なしにどんどん進める傾向にあるのが問題と思っていますが、少数意見です。
高齢者の医療費が高騰し、しかも海外から医療機器に多額の税金が払われるのですから。まずは心臓移植年間200例を早急に実現することへ最大の努力を図るべきと思います。また植込型補助人工心臓では多くの海外の機器が参入してきていますが、国産の機器の開発への国のスタンスは信じられないくらい弱いのです。
植込型補助人工心臓の永久使用では、先に述べたように幾つかの課題が残ってます。大きなことは、終末期医療です。脳障害に陥った方で、緩和ケアになった時の対応、法整備が十分ではないこと、病院や医療従事者の対応が制度的に出来ていないこと、救急医療体制での対応、など心臓移植へのブリッジでの社会的基盤が未整備の状況をまず解決することが大事と感じた学会でした。先進的医療をすべて健康保険で対応するのは限界があります。再生医療もそうです。未だ効果がはっきりしない、特に費用対効果が悪いものへの早期保険適応には疑問があります。再生医療もそうで、エビデンスがまだ十分でないものは、健康保険とは別の基金のような財源でまず進める方策が必要と感じます。先進医療保険のようなものがどんどん進めといいのですが。先進医療や人工臓器治療で高額になる場合、医療者側にも何か歯止めをつける、DPCもそうですが、といった上限設定でも作らないと、そのうち高齢者の高額医療で社会保険制度は崩壊するのではと危惧します。日本の医療制度の、いつでもどこでも最新の医療が自由に受けられる、という仕組みはそろそろ限界ではないでしょうか。病院の集約化でもって医療費を安くしても乗り切れる仕組みが要ります。韓国、台湾も、病床数が2000を超える病院がどんどん出来ていることに、わが国も目を向けるべきでしょう。次の20年を見越した英断が必要です。
本題ですが、先週は旭川でした。日本移植学会で、旭川医科大外科の古川教授(肝移植)が会長でした。臓器移植法制定20周年にあたって、さらなる臓器提供の増加を目指すなかで、レジェンドに学んで継承する、というテーマでした。特に役割はなかったのですが、先日紹介した院内ドナーコーデイネーターについていろいろ意見交換が出来ました。かなり収穫です。というのは、今回の学会は移植側だけでなく、臓器提供側もたくさん参加され、ホットな議論が交わされました。今までにないことです。この学会に初めて参加したという脳神経外科医、集中治療医、救急センター医、が何人かおられ、臓器提供の現場の生の声を紹介しておられました。また、厚労省の臓器移植推進室の方も参加され、行政の考えも整理することが出来ました。
院内ドナーコーデイネーターの資格化はどう進めるのか、という質問を何度かさせてもらったのですが、現場の方からは、資格化はされても個人につくので病院としては必要ないという意見もありましたが、フロアーでの会話では資格制度は必要との意見も多かったようです。一方、移植学会と行政は臓器提供を終末期医療の中で考えて、総合的に対応できる資格制度を考えているとのことでした。個人的には臓器提供というある意味前向きの面があるものを、終末期というやや反するカテゴリーで括ってしまうのは如何がと感じます。厚労省の室長さんとの話しで、包括的な終末期対応の支援制度つくりといっても、やはりドナーコーデイネーターは少し別で、進めるにせよ今のコーデイネーター育成事業(都道府県)を取り込まないと、という意見には賛成のようでした。 尊厳死には法律がないなかで、終末期のコーデイネーターの役割はどうなるのか。脳死での臓器提供は法律があって行われているのですから、もっと専門化してもいいのではと思います。
それにしても、人口百万人当たりの年間の脳死での臓器提供数は、わが国はまだ1.0以下ですが、韓国はその16倍です。日本では心臓移植は年間50例に達し、これまでの総数は350例ほどです。成績も良好です。しかし、待機中の死亡は移植数とほとんど変わりないのです。3年以上の待機でチャンスは二人に一人、という事実を社会はもっと知ってほしいと思います。脳外科医の方が、心臓移植の素晴らしい成績の陰で多くの方が亡くなられ、また長期に待機を余儀なくされている、ということを脳外科医はほとんど知らない、もっと情報を出したら脳外科医の理解が得られる、という意見がありました。まさに時代が変わってきた、と感じたのは私だけではないでしょう。
そうです、移植医側は移植で元気になった方を、子供さんも、もっと社会に出てもらって、臓器移植が素晴らしい医療で、しかも命のリレーです、というアッピールをもっとすべきでしょう。肉親からの生体臓器移植も必要ですが、亡くなった方からの移植の役割の大きなことを社会はもっと知ってほしいと思います。あるいは、知られているが、仕組みがいけないのかもしれません。法制定20周年の節目に、こんな感想です。脳死で臓器提供が年々増え続けていて、潮目が変わった、もうすぐ100例ですよ、という話に安心せず、日ごろから社会啓発に努めることが大事と思います。

旭川での総会は日本移植学会としても節目であり、さらなる発展のスタートになるもので、参加者としても有意義な学会でした。

2017年8月31日木曜日

8月のまとめ

今日で8月も終わりです。昨日から急に風が涼しくなり、秋の気配を感じつつ、とにかく暑かったこの夏ともお別れです。夏休み(リハビリ)モードから仕事モードへ復帰、明日から東京、その後は北海道シリーズで、前半は旭川、後半は札幌と続きます。旭川は日本移植学会で、特に役割はないのですが、法制定20周年の記念の年ですので、それなりの期待を持って出かけます。また、成人先天性心疾患学会の専門医制度構築の準備会が途中で東京であります。制度のたたき台をこの夏に頑張って作ったので、学会の役員の方に揉んでもらう予定です。混乱している専門医制度のなかで、いいものが出来ればと思っています。
さて、8月の出来ごとでいうと、前回紹介した、1941、決意なき開戦、はやっと完読。無理な戦争に走った日本の指導者の1年間の議事録を振り返って見て、なぜこの国は無謀な勝ち目のない戦争走ったのか考えさせられ、ついでに来栖三郎の「泡沫の三十五年」、も読み始めています。昨日、北朝鮮のミサイルが北海道の上を通り過ぎ太平洋に落下したニュースは、戦争時代に入いるのか、と思わざるを得ません。北朝鮮への圧力強化がどういう結果になるのか、中国、ロシア、米国、の思惑は、など今の北朝鮮と太平洋戦争前の日本とが何かする通じる所があるような感じを持つのは上記の日本開戦史の読みすぎでしょうか。歴史は繰り返す、にならないように願うばかりです。
もう一つの報告は、臓器移植関係です。臓器移植法制定20周年記念の節目に、何か現状を改善させる策はないか、何か後押しできない、ということから、兵庫県の行政への要望書を、臓器移植関連の団体から出しています。6月末に提出したものですが、8月に入って少し動きがあったので紹介します。団体とは、主に腎移植の関係の方々が作っている兵庫県臓器移植推進協議会で、私は役員の一人になっています。市民公開講座の後に、県下での臓器移植の啓発推進のために、課題を絞って行政に要望書を出すことになりました。論点というか要点は、ドナーコーデイネーター、特に院内コーデイネーターの専従を県下の病院に置いてください、というものです。提供病院の負担軽減策の要といえる院内ドナーコーデネーター制度の充実でもって、臓器提供が少しでも増えてほしい、というものです。
少し複雑ですが、臓器提供をサポートするドナーコーデイネーターには、法律の下での臓器の斡旋業務が出来る社団法人臓器移植ネットワークの専従コーデイネーター(中央勤務)、それを支える都道府県に一人は配置しようとしている都道府県コーデイネーターがあり、中央と地方の連携を両者がしています。しかし、都道府県コーデイネーターは国の予算はなく(かってあったのですが)、都道府県とどこかの救急病院が折半している(兵庫県は)状況です。これがない都道府県もあるようです。このシステムに対して、臓器提供病院内でサポートするのが院内ドナーコーデイネーターで、各病院での臓器提供があった時の支援体制つくりには大事ですが、臓器提供の可能性のある場合の家族への対応や医師の支援という、臓器提供予備患者さんからの提供へ進めるという役割は難しいのが現状。職種では看護師さんが多いのですが、殆どが本職(病棟業務など)との兼務であり、コーデイネーター専従はまず病院の体制上難しいのです。ここをどう乗り切るのか、行政に考えてほしい、というのが要望書の趣旨でもあります。
ということで、兵庫県と神戸市に要望書を出し、そして提供病院を訪問してきました。人員配置増は予算の関係で行政側は先ずできない、という話でしたが、何とか道を作れないか、ということで検討してもらえるようです。しかし、問題点も明らかになってきました。それは、院内ドナーコーデイネーター自体の資格認定制度はなく、都道府県が病院からの申請に対し委嘱しているに過ぎないのです。コーデイネーター自身が何か動ける、インフォームドコンセントに参加する、といったことは出来ないわけです。さらに、都道府県コーデイネーターとの連携もそういう背景で、臓器提供支援での連携は実際は出来ていないのではと思われます。
勿論、資格がないからと言っても全国で何百人が院内コーデイネーターとして行政が把握しているのですから、その活用をもっと真剣に考えるべきです。そういう意味で要望書にも書いたように、重点的配置、中核的提供病院での専従者の配置、が大事であり、このことを強調してお願いして来ました。
ということで、来月には日本移植学会もありますが、このドナーコーデイネーターの資格認定制度を救急医学会と連携して構築するのが学会の役割ではないかと考えます。そこの所を抑えないでこれまで来てしまっているのが何とも歯がゆい感じです。ただ、ドナー側のこと、臓器提供のこと、に移植側が口出すことは本来控えるべきという背景があることも事実でしょう。しかし、移植側が待機患者さんのことを慮って意見を言い、制度を作ることに力を貸すことも大事であると思います。20周年のこの時に特に感じることであります。兵庫県と神戸市の対応は何かあれば追って報告します。
ということで、8月シリーズは終了します。皆さん、暑い中、独りよがりの話にお付き合いくださり有難うございました。

写真は、要望書につて神戸新聞が記事にしてくれたものです。

2017年8月21日月曜日

8月に思う

 関西の今年の夏は雨もほとんど降らず、連日の猛暑で終わりそうです。関東は雨の日の連続記録更新中とか、毎年のように夏には異常気象の話が出ます。それにしても、台風、大雨災害、と自然は容赦なくこの国の地形の弱みを突いてきます。人の知恵と力にも限界があるようですが、それに打ち勝つ術はまだまだわが国にはあると信じています。
毎年8月には終戦記念日がやってきて、メディアでも戦争の悲惨さ、太平洋戦争の残したもの、などの歴史を風化させない記事や特集が出ますが、今年は何かしら、とくにNHKですが、力を入れているようです。NHKスペシャル、戦慄の記録、インパール、は繰り返し放映されていますが、今回は新しい証言もあり見応えがありました。太平洋戦争における我が国の軍部(陸軍)の指導者の信じられない行動、無責任さには憤りを感じると共に、東京裁判の国内版がGHQの公職追放処置だけで、本来すべきことが欠如していたことに気が付きました。一方では、新聞などの報道が大本営の思惑通りに動かされていたことも忘れてはいけないことです。我が国今の繁栄は、太平洋戦争の多くのそれこそ無駄な犠牲によってもたらされているのかと感じます。戦争を経験した年代や幼少時に戦後の混乱を経験した世代がどんどんいなくなっていくのですから、戦争の詳細を知らない人々の時代に変わってしまって行くのです。
私は太平洋戦争が始まった年に生まれました。しかし、生地の札幌は空襲には遭わず平穏であり、小学生の途中からの大阪での生活でも悲惨さは感じられず、かえって楽しい学校生活が待っていました。半面、今となって毎年の戦争記念日特集には心が痛みます。それでも世間が振り返るのはその時だけのようです。原爆もそうで、広島は関西の小学生では修学旅行で訪問するようですが、政府要人の形式的な記念式典挨拶をみても、またメディアの世界での過去を振り返ることへの嫌悪感を匂わす記事にわが国の行く先が案じられます。毎年繰り返される政府要人の靖国参拝もしかりです。何故、国立戦没者墓地のような記念施設が出来ないのか、不思議に思っ
終戦記念の新聞記事のなかで紹介されていて読む気になった本があります。堀田江理著(人文書院)、1941決意なき開戦、現代日本の起源、です。1941は開戦の年で、上記のように私の生まれた年でもあり、興味が沸いて手に入れました。400ページになるなかなかのボリュームの本ですが、もとは米国滞在が長い著者が英語で書いたものを、後で日本語版として出されています。そもそも開戦にまつわる政治的な話は米国ではあまり知られていないことを案じて書かれたものを、改めてわが国でも読んでもらうべし、といういきさつが背景にある本です。まだ実は最後まで読みきってはいないのですが、194112月の真珠湾攻撃に至る日本の中枢部の意思決定やその仕組みにおいて、天皇の存在はあるにせよ、如何に無責任な人たちによって日本の運命が決まっていったことに、今更ながら憤りを禁じ得ません。松岡外相、近衛首相の無責任な言動や政策決定、米国との戦争は負けることが分かっていながら、踏みとどまれなかったいきさつが詳細に書かれています。何とか読み切りたいと思います。

太平洋戦争のこと、広島と長崎の原子力爆弾のこと、最近では福島原発事故のこと、欧州での最近も続いているテロ、これらは東京オリンピックを迎える我が国にとって乗り越えなければいけない、無視できない歴史と現実であることを思いながら暑い日を乗り切ろうとしています。



2017年8月10日木曜日

研修医の過労死問題

政府の働き方改革で時間外勤務時間の制限が議論されているが、医療関係の労働環境については別扱いになっている問題が、再び研修医の過労死でクローズアップされている。 そのもとは、東京都内の病院の産婦人科の研修医の自殺が労災認定されたというニュースである。以下、ニュースから転載する。
 労災認定されたのは、都内にある総合病院の産婦人科で勤務し、2015年7月に自殺した30代半ばの男性研修医。遺族の代理人弁護士によると、男性が自殺する前の1か月間の時間外労働は、いわゆる“過労死ライン”の月80時間を大幅に超える約173時間で、200時間を超える月もあった。また、6か月間で5日しか休んでおらず、1日も休みがない月もあったという。
政府の働き方改革実行計画では、残業時間は月80時間が目安で最大100時間とされているが、上記のニュースの記事には、医師の場合はこの制度の運用には5年の猶予がなされているとある。 それは、医師は医師法で応召義務があり、単純に時間制での勤務体制は無理な現状があるため、と解説されている。これがいいのか、問題敵をしている。若手医師の働く環境が悪いと医療の質に低下が生じ、対応が必要である。
医師の過労死が起こった度にかかる議論が出てくるが、その背景は複雑で、単純に労働環境改善といっても解決しない。医師の卒後研修は、最初に2年間は厚労省管轄での義務化研修で、就業時間などは労基法のもとでしっかり管理され、あえて言えば優遇されている。しかし、この後にくる専門分野の研修(修練とか専門医研修と言う)はそれこそ医師としての基礎つくりと自己発展の期間であり、いい加減な研修ではいわゆる立派な医師の仲間入りはできなくなる.研修医間の競争もあり、言われたことはしっかりこなさないと全体に迷惑をかける。また上司は求められる診療をチームで遂行し、また質の担保も維持しなければならない。指導監督とともに、学会活動や管理職としての仕事も多く、指導医の過労は常態しているともいえる。規則どおりの勤務では現場は成り立たないのである。研修医も指導者側も同じ厳しい労働環境にあることの認識も重要である。
勤務時間や時間外労働を労基法でしばって管理するのは確かに医療現場にはそぐわないところも多いが、現実には労基はしっかり調査して、時間外の給与を支払えとか、医師の補充をしろ、という話になる。こういったことは何かおかしいのでは。安全と安心、そして質の担保された医療は、高度の知識と技量、経験を持った医師と医療者が必要である。そこには医師と共に働く専門職が不可欠であるが、わが国では医師にほとんどを頼っている現状がある。法律上医療行為は医師の専権行為ではあるが、医師の指示の下で働く看護師も、特別な教育を受けたものは、特定の医療行為が行える制度も進んでいる。しかし、まだ緒についた所である。病院の産科には助産師がおられるが、医師の長時間勤務との関係ははっきりしていない。要は、若手医師を働き手として数で勘定するのではなく、個人個人の生活も考えて、また全体を見て環境改善をしないといけない時期にあると思う。医師以外の専門職を育て、医師と協同で医療現場を安心安全な環境にしていく努力が不可欠である。私の育った時代はまさに過労死寸前状態の連続であり、それがまた当然のように受け止められていた。精神的に落ちこまれて命を絶った若い医師もおられたが、労働環境という視点は出てこなかった。長い歴史はそう簡単には変わらないのか。小手先では解決されない。病院も医業収入を得るのが至上命令である限り、医療者、特に医師に負担が出てくる構図である。医師の数を増やさないでこのような問題を解決していくことが問われている。
さて、この問題でいつも引用するのは、米国のLibbyである。1984年に起こった医療事故がきっかけでできた法律である。https://en.wikipedia.org/wiki/Libby_Zion_Law

その内容は、このブログの2016621日の投稿を参照して頂きたい。米国で、レジデント(研修医)の過労による判断ミスで医療事故が起こった後、レジデントの勤務時間を週80時間に制限したものであり、現在も続けられている。この80時間は結構長い時間であるが、わが国の時間外との関連で見るとどうなるか。勤務時間と時間外、という括りがそもそも医療現場では馴染まないのではないか。そして、米国では過労による医療事故、わが国では過労による研修医の自殺(医療事故を防いだかもしれない医師が)、何かわが国の医療の縮図を見るような気がする。それにしても我が国は医師については働き改革計画の実行は5年の延期を決めている。それは行政の不作為、あるいは医療側の怠慢かもしれない。そして、その対策は研修医(若手医師)においてまず早急に実施し、それに伴った上級医師の対応も出来てくるのではと思う。単なる時間規制では何ら前進しない医療環境にどういうメスが必要か。一人の死を無駄にしない、医療界、行政の行動が待たれるのではないか、というのが今回の感想である。

2017年8月7日月曜日

臓器移植法制定から20年; 和田移植の呪縛はまだ残っている


暑中お見舞い申し上げます。台風5号で宝塚も雨風が強くなって来ました。
さて、暑くて頭も回らず、7月1日の内容の再掲ですいません。

今年は臓器移植法が制定されて20年の節目を迎える。再開から18年でもある。この節目の年になって我が国の臓器移植の現状を見ながらつくづく思うのは、表題の「和田移植の呪縛」である。こういう表現をするのはあえて今の臓器移植の低迷、私はそう思っている、の原因、そして課題を考え新たなステップを切り開く上では避けて通れない確認事項と考えるからである。
心臓移植の長い歴史ヺ見ると、南ア連邦ケープタウンでバーナード博士が世界初の人から人への心臓移植が行われて50年目である。この記念すべき年に、和田移植のことを半世紀後の今になって話題に上げなくてはいけないことがまずもって情けない。
脳死での臓器提供は法改正後に年間50件を超えるようになった。しかしその数は改正前の心停止での腎臓移植(脳死で心停止まで待つ)の数を超えるどころか減少している。心臓移植も年間50例にならんとしているが、当初からの目標とする心臓移植年間200例には程遠い状況である。
本題に戻ると、まず今の臓器移植の状況には決して満足できない、未だ心臓移植の定着には程御遠いという共通認識がいる。問題は二つある。一つはWHOの提唱する原則、臓器移植は自国内でと死体から、が守られていないことである。心臓以外で生体臓器移植が未だ大きな役割を果たしている現状と、小児心臓移植が海外に頼っていることである。もう一つはシステムの問題である。これには法律が関わる。我が国の臓器移植、こと脳死からとなると法律のもとで全てが行われている。「臓器の移植に関する法律」およびその細則があり、さらに運用のための行政が決めたガイドラインがある。全てこれらに縛られ、硬直化しているのが今の日本の臓器移植と思われる。海外と違ってすべて法律で縛られるようになったのは正に和田移植のせいと言える。

18年前、心臓移植再開でその呪縛が解けた、ということであった。しかし、現実には、その過ちを繰り返させてはいけないという呪縛が隠然と残っている。その代表的な言葉が、「一点の曇りもなく」、である。これは法律の運用においていまだに行政が口にする言葉である。まさに、和田移植の呪縛がこの言葉に代わって生きているし、生かされている。お役人は昔のことはどうこう考えることなく、現法律の適切な運用を監督することは当然のことであるが、移植医療の新たな展開になるのではという場面でこの言葉が使われることが問題なのである。勿論、頻回ではない。しかし、大事な局面で、恰も水戸黄門の印籠のごとく登場する。また医療者側がそれをあたり前と思ってしまっている。
何故これに拘るか、というと、一つは行政が未だに指導監督官庁として現場を監視していることと、医療側(特に移植医)がこれを甘んじて受けていることである。移植現場、加えて患者さん方(ドナー家族)、の地道な努力でもって移植医療の新たな展開が図れる機会があっても、お役人のこの一言でせっかくの機会が無駄になってしまう。これを移植関係者が反論しないで大人しく聞いてしまっている。これは何も法律違反、条例違反、をしろ、勝手にさせろ、とは決して言ってはいない。しかし、此の膠着した移植医療の現場を何とか変えていこうとするならば、此の呪縛的な一言をあえてお役人に言わせない、というのが移植に関わる専門医療者の矜持ではないか

私があえてこういうことを言うのは、もういい加減に医療現場、そしてプロフェッショナル集団を信用してくれ、今や誰も移植医療を曇らせようとは考えていないし、必死で公平、公正、公明、の三原則を守って来ている。しかし、亡霊のごとく折に触れ出て来る。現場を萎縮させる以外何ものでもない。移植医療は性善説が基本であって、そうでないと円滑な進歩は難しくなる。制定後20年を迎えて、日本の移植医療を本来のあるべき姿、プロフェッショナル集団に任せる、という方向付けを打ち出す時期であることを共通認識とする必要がある。臓器斡旋はお役所が管理するが、その他は医療現場のプロフェッションに任せる所まで成長していることを現場はもっと誇りに思い、指導力を発揮すべきである。

臓器提供の低迷のもう一つの背景は情報公開の問題と思う。移植の素晴らしさが社会からは充分見えない、移植を受けた方の喜んだ顔が見えない、陰の医療、と思われても仕方がない。何故か、それは法律の運用に関する指針(ガイドライン)にある、個人情報の保護の部分である。そこには、移植医療関係者が個人情報そのものの保護に努めることは当然のことであるが、移植医療の性格にかんがみ、臓器提供者に関する情報と移植患者に関する情報が相互に伝わることのないよう、細心の注意を払うこと、とある。この細心の注意、はお役人からすれば、これはしっかり守れ、と言っているので、どうこう言うことではない、君はこれが分からないのか、という所である。しかし、ある事例で行政がメデイアに注意勧告めいたことを発表する根拠に使われている。こうなっては注意義務ではなく規則になる。この個人情報保護(相互に伝わる)は、原則であって家族や患者、遺族に、そうすべきと強制するものではない。悪意を持ったことは無論いけないし、無理に伝えることも論外である。また広い意味での個人情報を守るとうことは当然である。しかし、移植で言うこの個人情報扱いにおけるこの原則論が未だ生き続け、浸透し、ある意味独り歩きしていないか。移植を受けた患者も提供した遺族も社会に顔を出せないようになっているではないか。メッセージだけは出るが、それで終わりである。

一方ではドナーファミリーの会も出来てきている。先般、神戸では奥さんが脳死で臓器提供されたご主人が実名で講演を行い、地元新聞ではこれを異例、として紹介している。米国で心臓移植を受けた子供さんの親が、米国のドナー家族とお互いに実名で手紙のやり取りをしている。渡航移植で帰った子供さんは元気な顔を見せ、親と共に感謝の言葉を述べている。自国ではどうか。心臓移植を受けた子供さんは隠れたまま、親もそうである。これでは社会はその医療の素晴らしさ、ドナーと家族への敬意、などが表面的に終わってしまう。勿論、市民公開講座やその他の移植関連の企画で国内レシピエントの顔も出てきていることは、関係者の地道な努力の賜物であることに異論はない。

しかしこのままが良いとは決して思われない。そこは、ガイドラインの文言をどう解釈するのかにかかっている。ドナー家族とともにレシピエント家族(子供の場合)へのこの遵守事項の理念の説明と共に、移植からある程度期間が経った場合は許容される、といったことであろう。ガイドラインはあくまでガイドラインであって規則ではない。ネットワークのコーデイネーターの方も、家族や患者、遺族の考えをまず尊重することが大事で、強制はできない、と言っている。移植の当事者であるドナー家族とレシピエント側のこの情報公開についての考えも機は熟していて何らかの方向で纏める時期ではないか。

学校でも社会でも、心臓移植を受けた子供さんを暖かく受け入れて見守る、元気になったことを見て共に喜ぶ、それが自然と出て来る社会を作るうえで、何が必要か。その視点でこのガイドラインの個人情報項目について再考すべき時期であると思う。再考といっても医療現場がコンセンサスを持って対応することであって、ガイドライン自体をどうこうすることではない。渡航移植と国内移植で情報公開においてこうも違うこと自体に疑問を持つことから始めないといけない。脳死のダブルスタンダードと似て我が国固有の問題である。また、メディアとの連携も当然必要で、一方的な報道は決して許されないことは当然である。

心臓移植担当者も移植医療の素晴らしさを患者さんと共に社会に見せる、というプロフェッションとしての責任がある。社会が尊敬と喜びの共有が出来ないのは本来の移植の姿ではない。呪縛云々はさておいても、一点の曇りもなく、そして個人情報への細心の注意、の二つが少なくとも今の脳死からの臓器移植の停滞の背景に存在している、という私の意見は残念ながら現場で受けいれられているかどうかは分からない。しかし、この認識を移植関係者が共有し、その上で新たな展開を図る努力が求められていると思う。

                       大阪大学心臓血管外科同窓会誌より転載


2017年7月21日金曜日

梅雨明け


関西はあまり雨も降らずに梅雨明けとなり、いよいよ夏到来。と言っても既に猛暑日が続いているので、季節の変わり目を感じることも希薄となっている。蝉の鳴き声にも何かしら元気がないような気もするのは自分の気持ちの表れか。 暫く整形外科医にお世話になっていたが、それも終了で本格的に真夏モードへ。

 
臓器移植法制定から20年の節目に、兵庫県の移植関係者が集まる協議会(兵庫県臓器移植推進協議会)から兵庫県(県知事)と神戸市(市長)へ要望書を出している。内容は、いまだ低迷している脳死での臓器移植の課題解決として、ドナーコーデイネーターの充実と小児からの臓器提供への支援、などである。県立病院や市民病院などの臓器提供施設の負担軽減策を地方行政として取り上げて欲しいというもの。特に、各病院や救命センター内でのドナーコーデイネーターの専従(専任)がキーポイントと思っている。これは人件費がらみであるので行政としてはそう簡単に受け入れることは難しいが、現場からの要望が出るきっかけになればと思う。勿論、かかるコーデイネーターは専門の教育と経験が必要で、予算だけで片付く問題ではないが、そういう人材は育ちつつあることは間違いない。

こういった要望書提出を契機に、行政もこれまでより突っ込んだ実態把握を進めながら対応して欲しいが、行うとしても暫くは臓器提供で実績のある中核施設への重点配備になればと思っている。因みに、都道府県単位でこれまでの脳死での臓器提供数をみると、実数では東京都が突出していて、兵庫県もまあまあの所(15例)であるが、人口単位での提供数をみると和歌山県が突出している。その背景の分析は確認できていないが、おそらく高度の救急医療が大学病院や日赤医療センターなど一部に集約されているのではないかと思われる。集約化で救急救命医療での救命率が上がる中で、脳死となる症例も増えてくる、という背景があるのではないか。和歌山県の対応や施策について、兵庫県も参考にすべきことがあるのではないか。長崎県も臓器提供推進には積極的であり、その報告書は手元にあるが、和歌山県の取り組みについては調べないといけない。

さて、この法制定20周年を迎えながら幾つかのマスメディアの記者さんと話す機会もあり、共同通信の配信で幾つかの地方紙に心臓移植再開時のことが出ている。その中で言わせてもらったのが、20年経っても臓器提供が年間50例程度の状況では個人的には全く満足していない、ということである。自分には再開時にくらべ現状への不満が反って強くなっている。こういう状況について、最近の投稿で書いている幾つかのキーワードがあるので、再度紹介する。

 
① 日本の臓器移植(脳死での)は世界の中でガラパゴス化している。

② 「和田移植の呪縛」はまだ解かれていない。

③ 一点の曇りもなく、の新たな呪縛が続いている。

④ 性善説である臓器移植に性悪説を無理に入れようとしている。

⑤ 小さな子供さんへの心臓移植はいまだに殆どが海外に頼っている。

 

①-④は私特有の独善的な見方かもしれないが、要点は突いていると思っている。 

これらのキーワードで示される特殊な状況を払拭させるのが移植関係者の役割であって、広報にも努めながら移植医療の成果を広くしてもらうことの重要性をこの節目の20年で改めて肝に銘じる必要があるのではないか。

2017年7月13日木曜日

大学設置審査



 7月に入ってから台風3号に続き、九州北部地区は集中豪雨により想像を絶する大きな被害が出ました。尊い命を奪われた方々に心よりご冥福をお祈りし、また甚大な被害にあった多くに方々にお見舞いと一刻も早い安寧、復旧を願わずにはおられません。地震、津波、洪水、土砂災害、と我が国は自然災害から逃れられない宿命的な所もありますが、大災害が予想される時の緊急防災、緊急避難、そしてそのための的確な情報伝達、が改めて重要なことが分かります。情報化時代の中で、SNSの活用も現実となった今回の災害でもあったと思われます。また、今回の九州地区では5年前の水害の経験が生かされての素早い避難が多くの方を救った、という報道もあります。山と川に囲まれた我が国における災害対策において、今回の経験は決して忘れず、今後に生かすことが一人ひとりにとって大事でありますが、やはり国の大きな使命は、救助活動とともに防災へのさらなる取り組みがないと大災害は繰り返すのではと思います。ここで現場から離れた一個人が軽々にこんなことを言うのは憚られますが、阪神淡路大震災を身近に経験したものとして、被災者の方々の苦痛は共有できると思います。安部首相が外遊から帰って来てからのメッセージに、「安倍内閣が一丸となって対応する」と言われていましたが、国の危機管理体制において自分の名前を強調した内閣云々というおっしゃり方に違和感を覚えるのは昨今の政治的問題に洗脳されているのでしょうか。首相が不在の時に、幹事長がいちいち首相の了解やメッセージを披露しながら対応している様は、それこそ官邸の危機管理のお粗末さが露呈した感じです。副総理が率先して陣頭指揮をとるのが普通でしょう。阪神淡路大地震では、地震発生後、政府官邸は情報不足で対応が遅れたことは記憶に新しいです。大災害時には都道府県の長の対応(意見)は最優先され、それを迅速に国が補助する、という構図が今回はやや緩慢ではなかったでしょうか。

 

さて、災害の話はこれ位にして、国会での話題である獣医学部新設について、感じたことを書かせてもらいます。私は、大阪大学退職後、学校法人兵庫医科大学にお世話になり、医科大の懸案であった新たな学部作りに関わりました。兵庫医科大学は医学科だけの単科大学ですが、社会の医療系人材養成の要望もあり、薬学部、看護学部、リハビリテーション学部、の3つの学部新設計画を立てていました。特に薬学部は6年制が始まった所で、チーム医療推進を掲げる大学の方針から加えることになったようです。ただ、6年制薬学部は既に認可作業が進んでいて、老舗の薬科大学が既に開設準備にあり、1年遅れで厳しい学生集めになりますが医科大学を持つ強みで薬学部新設も機関決定されました。因みに、学部新設ではなく新大学として設置申請することになり、学長予定者として2年余りで人集めと申請作業を進めました。ここで出て来るのは、文科省の大学設置・学校法人審議会(設置審)、という許認可権を持っている行政の窓口です。獣医学部新設ではドリルで穴をあけられた所です。あらかじめ何度もお伺いをしながらの申請ですが、6年制薬学部については新制度申請初年度で既に旧薬科大学や新設校が認可され、もはや過剰ではないか、という中での我々の申請でした。この薬学部6年制設置は、文科省の規制改革の路線上にあり、どんどん作りなさい、潰れても知りませんよ、という雰囲気でした。申請最終段階で文科省の高等教育局長に挨拶に行ったら、薬学部新設は自由にどうぞと言ったけど、お宅もですか、これからどうなりますか、と笑われておられたのを思い出します。一方、何しろ一度に3学部を持つ大学の設置申請なので、文科省もずいぶん慎重な対応でした。学部3つも同時に申請なんて何を考えているのか、とも言われました。教官の陣容や実習病院、校舎、採算性(法人財務)となかなか厳しい中、開設1年半前にはもう校舎の建築も始まりました。設置審の現地調査は開設前年の秋ごろだったと思いますが、若い審査担当官が建築現場の視察で、ここまで出来ているのに今更不許可には出来ないですね、とつぶやいておられました。加計学園もそうでしょうね。我々はその後許可され、4月開学を向けることが出来ました。もう開学10年が経ちましたが、昔を思いだしながらの、加計学園劇場の観戦です。

と言ったことを、昨今の獣医学新設での文科省の対応をみて思い出しています。文科省の設置審については、以前田中真貴子議員が文科大臣であったとき(2012)、3つの新設大学認可についての設置審承認を、大学は多すぎるとクレームを入れ、ノー、といって物議を醸したことがあります。結局すぐに撤回したのですが、かっての学長ブログでも取り上げ、設置審の種々の問題に言及したこともあります。膠着した委員体制や考え方は、今の論争にも関係するものかもしれません。

話題は文科省の告示で、医学部、歯学部、獣医学部、もう一つあります、の新規申請は認めないというものですが、今回獣医学部でこの告示を突き崩すため特区制度が活用されていますし、全体の印象は、文科省の古い体質が問われています。今は違っているでしょうが、以前の設置審は決め事が時代に合わなくなっているのにそれを金科玉条のごとく忠実に守る、という印象が強かったのを思い出します。しかし、今回の騒動では、やはり穴のあけ方には問題があったと思われます。無理を通すのが国家戦略特区だ、ではないと思われます。プロセスは大事です。因みに、前回書いた「一点の曇りもない」、ですが、やはりこれは言う側の主観的な表現であると思います。

医学部新設も最近、東北と成田に続いて許可されました。私立医科大学病院が経営危機に陥いっていることも報道されています。質の高い医療の提供が進む中で、医師の働く環境劣化、医療への消費税負荷、高齢者医療での高額医療、そして専門医制度への反発、など、医療を取り巻く環境は決して良くなっていません。獣医師問題は医師の診療科偏在、地域医療崩壊、質の低下、大学教官の処遇、など、我が身を振り返る絶好の機会と思いますが、如何でしょうか。

2017年7月1日土曜日

一点の曇りもない


   早いものでもう7月です。関西でも梅雨明け宣言がないまま猛暑が来ています。夏休みまでもう一息、踏ん張りましょう。
 
さて、最近の国会は、国家戦略特区による愛媛県の獣医学部新設で姦しい。その決定のプロセスについての疑惑ありとの野党側の攻勢が、国会閉会後も続いている。そういう中で、「決定プロセスに一点の曇りもない」との総理の発言があり、それ呼応するかの如く戦略特区の諮問会議の民間議員メンバーから、はたま担当の地方創生担当大臣、さらに官房長官まで、一点の曇りもない、と右へ倣え、の発言である。この言葉は政治の世界でこれほど多用され、注目を集めるのは珍しい。しかし、問答無用に似た感じがして何か違和感を覚える。

この言葉は私にとっても曰くつきの言葉である。一点の曇りもない、という結果説明ではなく、一点の曇りもなく、という前もっての言葉であるが。それは、前にも書いたと思うが、臓器移植法か出来て脳死からの臓器移植が可能となった頃、担当行政官はドナーの脳死判定へのプロセスや診断、そしてレシピエント選択の場において、この言葉をもって関係者への警告をする傾向にあった。和田移植の轍を踏まないようにと睨みを利かしているのである。厳しい法律のもとで、また新た出発において、それこそ曇ったことや不信を抱かせることをするわけがない。法成立後20年間、関係者は性善説で守られながら、最大の努力をしてきた。しかし、時に性悪説が顔を出す。その時の言葉が、一点の曇りもなく、であると思っている。

現在の移植現場でも何か議論のある事態があると、「一点の曇りもなく」が出てくる。法律の運用においていまだに行政が口にする言葉である。私に言わせれば、和田移植の呪縛がまだ生きている、ということである。心臓移植が円滑に再開されて、此の呪縛は消えたはずではないか。しかし、移植医療の新たな展開になるのではという議論の場面でこの言葉が使われることが問題なのである。大事な局面で、恰も水戸黄門の御朱印のごとく登場する。また医療者側がそれをあたり前と思ってしまっていないか。まさに上位下達方式で、移植医療が萎縮してしまう。

何故これに拘るか。移植医療の第三の展開をしようとする現在、この言葉は現場を萎縮させ、新たな進歩を阻む恐れがあると思う。何も法律違反、条例違反、をしろ、勝手にさせろ、とは決して言ってはいないいし、そういうことは出来ないしない。しかし、此の膠着した移植医療の現場を何とか変えていこうとするならば、前向きの議論も欲しい時がある。その時に此の呪縛的な一言をあえてお役人に言わせない、というのが移植に関わる専門医療者の矜持ではないか。 

政治の場面で今目立っているこの言葉はこれから更に頻回に使われて、本当の議論が疎かになりはしないか危惧しながら、臓器移植での使われ方についても気になっているので紹介した。ない、と、なく、の違いはあるが、私見を書かせてもらった。