2019年1月5日土曜日

明けましておめでとうございます ブログ再開です


   いよいよ平成も最後の年になりました. 世の中には普段の年明けとはやや違った感情がこもっているようです. 昨年は一言でまとめると, 国内では自然災害が繰り返され, 国内事情では超高齢化社会が進む中での先が見えないわが国の未来, さらに国際社会での覇権争いの再燃, 混沌とする世界経済など, 平成という名前の時代を締めくくるには些か後味の悪い年ではなかったでしょうか. 

さて, 皆様お久しぶりです. 一時休息をさせてもらっていたこのブログですが, 半年以上休んでいる中で, 正直ほっとしている気持と, 一方では何か忘れていないか, といった気持ちが交錯していました. 最近, どうも何か物足りなさにも気づいて, この年明けの機会に再開しようと決断した次第です. 情報網が少なくなる中ではありますが, 今再開しなければそれこそ完全に閉じてしまうことにもなるという思いもありました.  ということで,  月一回程度で何か話題を探していこうかと思っています. 特に代わり映えはしないと思いますがお付き合いいただければ有難いです. 
再開に当たっての記事は, 去り行く平成時代としました. この平成の30年は私の人生にとっても当然ながらもっとも仕事をさせてもらった時代ですが, 実際はその後半は阪大退職後のことになります. そういうなかで, 平成時代として取り上げるのは私を育ててもらった大阪大附属病院です. 大阪市内の福島から現在の吹田へ移転したのが平成5年です. 以来, もう25年以上になりますが, 依然として吹田地区でその威容を誇っていますが, 構造的にも機能的にも老朽化し, 時代の進歩に遅れてきていることから, 病院執行部は現地での再開発計画案を立てつつあるようです. 国立大学が独法化したとはいえ, 国立と言う縛りのなかでどう思い切った再開発ができるか,注目されます. 細かい講座や診療科別の枠の中から, 大胆なセンター化が出きるのか. 米国や韓国のように, 心疾患や糖尿病, 脳疾患, 小児医療, 臓器移植・再生医療センターなど, それぞれが独立した建物で機能させるには場所も予算もないのでしょうが, 従来型の総合病院形式では最先端の医療と研究を進められないとかねて思っています. 

あの狭い敷地にはもう余った場所もなく, 阪大病院も人(職員, 患者さん)で溢れています. 看護師の数が移転前に比べて倍増し, 1千人を超えているそうです. 医師も研究のみならず地域医療を支える人材育成のため, 多くが集まっています. 人材で溢れかえっている状態です. といって, 病院の病床数は不足しているのか過剰なのかはしっかり議論すべき事項です. 採算ばかりに目を向けないで病床数を減らすメリットも探すべきでしょう. 病院再開発では差し出がましいですが, 従来の殻を破る, という英断が求められと思います. 病院の執行部はそれらに十分対応できる実力を持った方が集まっており, その英断を期待しています. 病床数に関係しますが阪大病院には分院も必要であり, 例えば大阪府との連携も新たな発想で進めてほしいと思います. 私が病院長時代に考えていたことの幾つかが今も大事な課題として残っていると思うからです. 

阪大病院の30年では, 診療実績の飛躍的向上の中に心臓移植の再開, そして再生医療の開始, などがありますが, 前者は再開から20年の節目を迎えます. わが国の心臓移植が400例を超えるほどに発展したとはいえ, ドナー不足は深刻で, 平成時代はまだ第一コーナーを回ったくらいであると思います. 次の10年での飛躍を何とか成し遂げて欲しいし, 応援を続ける覚悟を新たにしています. 平成が終わると共に再生医療の世界が始まって臓器移植への関心が薄れないか大変危惧しています. 人工臓器と共に3つの矢を束ねた基本施策をしっかり構築して欲しいと思います. 臓器移植, ドナー不足の現状をメディアの方々に理解していただき, 継続した情報発信をお願いすべく活動を続ける覚悟です. このブログもその役割があると考えています. 

さて, 平成天皇(今上天皇)が退位されて5月から新たな元号になるわけです. 年度の記載方法では, これから西暦重視とするのか, 並列なのか, いやそうではない, といった議論も少しは聞かれます. この際, 元号の意義付けと天皇や皇室への考え方など, ある意味で社会が考える一つの機会であると思います. ただ, と言っては失礼になるかもしれませんが, 国民感情や世の仕組みとして象徴天皇への期待感, 存在感は返って強くなっていくような雰囲気ではないでしょうか. 平成に入って阪神淡路大震災, 東日本大震災と津波, それによる福島原発事故, さらに熊本地震, いくつかの豪雨災害など, 甚大な自然災害が続けて起こりました. その中で天皇皇后両陛下が何度も被災地を訪れ, 励ましの言葉を直接伝えられたことが, 天皇皇后両陛下への尊敬の念を強め, 皇室への期待に繋がっていったのではと思います. 勿論, 災害地へのお見舞いが大きかったということではなく, 普段からのその振る舞いが素晴らしかったからであることは当然であります. 今回の皇居での新年一般参賀の数を見ても, 太平洋戦争という大きな負の遺産を抱えた昭和時代から新たな平和と幸福の時代へと転換させていった平成時代の象徴ともいえるのではと感じます. 
最後に, 太平洋戦争開始と共に生を得た自分として, 天皇制とはといった難しい話は別として, 純粋に敬服することがあります. それは, 昭和天皇, 今上天皇がお二人とも, 特に昭和天皇はそうでありますが, 大戦の責任と戦没者への慰労を国民の前で続けて示されていることだと思います. 私は拘ってこういうことを言うのは, ここは国民向けの話という意味ですが, 具体的戦争責任者の方々は東京裁判と言う場はありましたが(対外的責任), 広く国民に素直に謝罪していたとは思えないからです. もう既にこの世にはおられない方ばかりですが, 戦争という特殊な場ではあるにせよ, 誤った判断で多くの若い人たちを無念の死に追いやり, 家族を悲しませたことへ, それらに対する心からの反省と謝罪があったのでしょうか. 自虐的考えが間違っているとか, 戦争とはそういうものだ, といった声もあるでしょう. しかし, 何故こういうことを持ち出すかというと, 真摯に対応してしているのは昭和天皇と今上天皇だけではないかと思うからであります. 広島長崎の慰霊祭や戦没医者追悼式での政治家の薄っぺらな言葉を聞いても何も感動もありません. 本来すべき人達がしてこなかったことを両天皇がされてきたということは大きなことだと思います. 私ごとき者がこういった場で軽々に言うことは慎むべきかもしれませんが, 平成時代の最後を迎えるこの時でもあり, 拙い私見を書かせて頂きました. 

ということで, 再開第1報は平成について思う, となりました. 少し物議を醸すような内容になったかもしれませんが, 平成が終わって次の世代になると共に歴史の大事な部分が風化されていくことないようにと思った次第です. 次回は, ウインターシーズンの最中ですのでスキーの話でもさせてもらおうかと思っています.