医師不足や地域医療の崩壊、という記事が最近は少なくなったとはいえ、産科では救急対応が遅れて救命出来なかった事例もまだ記憶に新しい。救急医療に限ると、小児科の夜間診療では大学病院や関連の自治体病院の小児科医が連携して1か所に集約して医師不足に対応している所もある。一般救急でも、断らない病院の整備が行政の主導で進みつつあるようだ。産科については、嘗て隠岐の島の一人医長であった産科医が撤退して、島ではお産ができなくなったということもあったが、今回は都市部での話でありその背景には大学病院での産科医の確保が出来なくなっているのではないかと想像される。産科はハイリスク診療であり、関係学会では、最低3名の産婦人科常勤医師がいないと公的病院では安全に運営できないとしているようだが、それもぎりぎりで、10名近くの常勤医がいる病院にお産は集約しないといけないという意見もある。
自治体病院の多くは大学医学部からの医師派遣に頼っている。大学の医局(古い言葉であるが、まだ現実的に残っている)が若い医師を集めていた時代は良かったが、2004年の臨床研修制度開始でもって卒後2年間は厚労省主導で各地の指定病院に勤務することが義務付けられた。その結果、それまで卒業したらほとんどが大学のどこかの医局に入っていた構図が崩れ、大学医局から若い医師がいなくなってしまったのがきっかけである。地域の第一線病院や自治体病院から医師の大学医局への引き上げ現象が起こり、その構図がまだ続いている。その中で、産婦人科は医師不足が厳しい状況が続いている。
医師不足については全体数と偏在の二つの問題が背景にあるといえる。また、偏在といっても、専門性での偏りと地域の問題、さらに勤務医と開業医のバランスもある。専門性では、労働環境や医療訴訟リスクなどが若い医師が将来の専門分野を選択する上で影響し、外科や産科が敬遠される原因となっている。Quality of Lifeは患者さんに対する医療上の言葉であるが、最近は医師にも当てはめられている。自分の生活を犠牲にして献身的に患者さんを診なさい、といっても通らない時代となった。労働環境が悪いと医療ミスも起こり易いことも理解されてきた。米国でも医学部卒業生が将来の専門分野を選ぶ時に、自分の生活がコントロールできる科とそうでない科に分けて、前者への希望者が多いという結果を10年位前であるが学術誌に出ていた。外科や産科はコントロールできない代表である。
さて、産科については医師数がどんどん減っているというわけではなく(補足で説明します)、恐らく勤務医がなかなか増えないことが問題であると思われる。勤務医が個人病院やクリニックの産科に移っている数と、大学の産科医局に入ってくる数の均衡が崩れているのではと想像される。先の市民病院でも4-5人の医師で当直やお産の緊急対応をすることに限界があり、何年かは(10年とかそれ以上)使命感を持って、家庭を犠牲にして頑張っているうちに「燃え尽き症候群」になっていくのではないか。
日本産科婦人科学会は卒後3年目からの4-5年間の専門医の研修を行い、優れた若い産婦人科医を育ててきている。毎年の専門医資格取得者の数をみると、ここ何年かは年300人位(昨年は400名位)である。専門医資格をとらないで病院や大学で診療をするのは難しいことから、毎年の新人は300人程度という事になる。因みに外科専門医は毎年800人程でありまだ多いようであるが、その先に幾つかの専門分野に分かれるので決して十分ではない。産婦人科でも将来は産科と婦人科に分かれるから、毎年の新人が300人ではとても回らない。80いくつの大学医局に残るのが毎年せいぜい3-4人、あるいはゼロから数人、ではいくつもある関連病院の人事は到底できない計算である。といって、どこの診療科の専門医取得者が多いから、何らかの方法で調整したらというが、そういう仕組みにはならない。其々の診療科や大学医局が若い医師にとって魅力あるものにすること以外には方法はない。
とはいえ、専門医制度の仕組みが新しくなろうとしていて、厚労省は医師の専門性や地域性の偏在をなんとかこの機会に改善してほしいという意向である。しかし、医師側は筋が違うし専門性選択の自由は行政でどうこうするものではないとして、抵抗している。とはいえ、分野毎の専門医数にある程度の適切な数を設定し、トレーニングできる枠を決めてはと言う考えもある。米国では医師の最初の5-6年の研修は国や医療界が面倒見るべきとして、医療費の支払い側(保険機構)がレジデント(日本の後期研修医)のサラリーを負担している。一方我が国ではその病院が若い修練中の医師の給料を勤務医枠内で工面している。仕事をさせながら教育もついでにしている、ということになる。とはいえ、専門分野の選択を医師の好き勝手に任していれば社会は黙っていないであろうし、余り偏れば自己破綻につながるであろう。この辺りをうまくバランスをとりながら新たな専門医制度が進んでいけばいいと思っているがどうなるか。
2004年の新臨床研修制度の話に戻ると、時の厚生省は医師の偏在や地位医療の崩壊は大学医局が若い医師の人事権を持っているからであり、その是正のために医学部卒業生をそれまでの大学医局から離して地域の一般病院に多く行かせるという考えであった。その結果、確かに大学で研修する人数は大幅に減ったが、地域への医師配分には効果はほとんどなく、返って大学が医師引き上げを行って現場の混乱を生じてしまったのである。新たな専門医制度もその二の舞にならないようにしないといけない。
産科医療にせよ、救急医療にせよ、何年経っても問題の解決にはなっていないのは何故なのか。医師側も、開業医主体の日本医師会と大学や病院の勤務医が合いよらないと解決の道も見えて来ないのではないか。日本の医療レベルは素晴らしいが、医療提供体制や若手の教育制度ではかなりの問題がある。この辺りの課題には色々な分析があり、原因や背景ははっきりしているが、どうしたらいいのかの決断が出来ないまま来ているようだ。私立伊丹病院が産科の取り扱いを来年度も継続、というニュースが流れることを願っている。
補足:産科医の数については少し誤解を招くような内容でしたので、修正しまします。千葉大学医学部産婦人科教室生水真紀夫教授のHPでのコラム、2008年ですが、参考になります。雑誌「医学の歩み」( 224(12):942-945, 2008)に投稿されたものですが、厚労省の統計上、平成6年から18年で全体の医師数は15%増加しているのに対し、産婦人科医は12%減でした。平成18年にはそれまでの1万数千人から9500人へとかなり減っています。また、産婦人科学会入会者は平成16年にそれまで約350人程度であったのが18年には280人と減少。これは新臨床研修制度の影響です。この後は、入会者ではなく専門医資格取得者についてですが、300人程度で維持していることは本文で紹介しました。
補足:産科医の数については少し誤解を招くような内容でしたので、修正しまします。千葉大学医学部産婦人科教室生水真紀夫教授のHPでのコラム、2008年ですが、参考になります。雑誌「医学の歩み」( 224(12):942-945, 2008)に投稿されたものですが、厚労省の統計上、平成6年から18年で全体の医師数は15%増加しているのに対し、産婦人科医は12%減でした。平成18年にはそれまでの1万数千人から9500人へとかなり減っています。また、産婦人科学会入会者は平成16年にそれまで約350人程度であったのが18年には280人と減少。これは新臨床研修制度の影響です。この後は、入会者ではなく専門医資格取得者についてですが、300人程度で維持していることは本文で紹介しました。