2014年5月19日月曜日

A first ?


少しご無沙汰でした。5月大型連休は遠出もしないで、近場でのんびり。アウトドア-スポーツも冬モードから夏へと切り替えて、自転車乗りも再開です。さて、何かネタはないかと考えている中で、いろいろ来る学術雑誌、英文が多いですが、に何かネタになる話はないかと目を通していたら、面白いものがあったので、少し社会的にタイムリーなこともあるようで、紹介します。
雑誌は、米国胸部外科学会の機関誌Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgeryで、 胸部外科(呼吸器外科医、食道外科)と心臓血管外科の国際的に著明な専門誌です。この分野のトップジャーナルで、ここに採択されるのはかなり難しいのですが、日本からも結構の数の論文が掲載されています。この学会がAATSといって私が毎年出かけていたのですが、今年はトロントが開催地でしたがその前にサンデイゴに行ったので断念しました。
最新号で目についたのは、Editorial(特別寄稿)でした。タイトルは、気管は組織工学で最初に出来た臓器か?です。 Trachea: The First tissue Engineered organ? で,ベルギーのルーベン大学の耳鼻いんこう科のデレーレ(Delaere) 先生の投稿です。この雑誌は耳鼻科の先生はまず出てこないのですが、そこからも何かしら興味がそそられます。内容は、2012年の915日のニューヨークタイムズ紙に掲載された、「最初の自己の細胞からテイラーメイドされた臓器、 A First: Organs Tailor-Made with Body’s Own Cells, であす。Fountainというサイエンスライターの記事への意見です。組織工学は再生医療のなかでも注目されていて、動物や他人の臓器や組織を処理して細胞を除き、その空組織(スキャホ-ルド)に患者さんの自己細胞(幹細胞)を植えて、体外で臓器を作ってその後に移植すると言う先駆的技術です。素材には人工のものも沢山試みられています。
さて本論ですが、発端は2008年と2011年にLancet (Nature Scienceが基礎研究の最高峰なら、Lancetは臨床医学のトップジャーナル)に発表されたものです。スエーデンの有名な研究所、カロリンスカ研究所からの人工物(プラスチックのチューブなど)を素材としてこれに自分の幹細胞を植えて、患者さんに戻す移植手術が出来るようになった、という画期的な発表です。気道(気管)を新しい組織工学を使って世界で最初に作れた,というものです。最近、術後5年を経過して患者さんは問題なく生活している、という発表もあります。デレーレ先生は、世界初ということに拘っての意見投稿です。気管は人工的に作るのは大変難しく、それを軽々に世界初ということでニューヨークタイムズ紙が書いたことが気に入らなかったようです。再生医療とか先進医療へのメディアのスタンスに疑問を投げかけています。スエーデンとベルギーのバトルかもしれませんし、胸部外科医と耳鼻いんこう科医の先陣争いかもしれません。これは野次馬根状ですね。
デレーレ先生の論点は、その治療が本当に成功しているのか、植えた細胞は何処かに行って抜け殻だけではないのかということで、目に見えるように示さないで、成功とか世界初、というのは社会をミスリードする、という内容です。その中に、この分野の世界的先駆者のヴァカンティ教授の有名な耳介の再生(ラットの背中に大きな耳介が生えている写真で有名)のように目に見えるようになれば信頼できる、といことも言っています。ヴァカンティ教授といえば、STAP細胞で登場された方です。このスエーデンの気管再生には直接関わってはおられないと思うのですが、この分野では相変わらず大御所です。記事を見ると(Webで見れますが)、カロリンスカ研究所での種々の臓器への取り組みをかなり詳細に書いています。心臓や肝臓もあり、その内容は確かに今後の発展が期待される希望に満ちたものであり、良い記事と思います。ただ、新聞のA Firstという見出しは要注意でしょう。これはサイエンスの記事なので、ニュースではないので人目を引く見出し(日本の新聞では小見出しが人を惑わせていますが)が必要かどうかですが、これは議論が分かれるでしょう。
医学や科学で、最初、世界初、ということを公表することの難しさを感じますが、一方でマスメデイアの科学技術の発展へのスタンスにも問題が多いことも身近に感じます。新聞記者の先陣争いもあるでしょう。かって和田心臓移植への態度や最近では心臓移植の再開で移植医の先陣争いとマスコミが責め立てたことや、STAP細胞のこともあって、この論文が日本の社会にとっても何かタイムリーな気がしたので紹介しました。論点整理、あまり出来ていないままに書いてしまったようです。
論文は Delaere PR, Raemdonck DV. The trachea: The first tissue engineered organ ? J Thorac Cardiovasc Surg. 2014 ;147:1128-1132

写真は、 Timesの記事の写真です。Webから転載です。ラットの心臓や肺、腎臓が環流装置に繋がっていて、細胞が除かれて、新しい臓器への骨組みになります。



2014年5月2日金曜日

 混合診療拡大か


 混合診療が再び注目を集めている。安倍政権での経済再生戦略のなかの規制緩和策に混合診療の拡大が謳われている。そして、政府の規制改革会議が、患者と医師が合意すれば、医療機関を限定せず混合診療を認める「選択療養制度」(仮称)を提案している。新しい薬やデバイスを保険承認前や適応外で患者さんに使用することを、オフラベル使用と言うが、それを制度的にオーソライズしようという動きである。
振り返ってみると、これまで混合診療の拡大はドラッグラグやデバイスラグが背景にあって、臨床現場でのオフラベル使用をどうするか議論されてきた。それに対して、高度先進医療(現在は先進医療)での課題への対応がなされている上に、不公平医療の発生、予測されない副作用への危惧、そして国民皆保険制度が揺らぐ危険性、等の理由でこれまで拡大論は押しとどめられてきた。今回も厚労省や日本医師会は国民皆保険制度が崩れることや安全が担保されない、という理由で疑義や反対表明がされている。患者団体も例えば抗がん剤での予測されないリスクも懸念している。しかし反対論はいつもの定番で、新鮮味もない。医療保険財政が逼迫していることや、医療技術・医薬品・医療機器などの急速な進歩、そしてそれらを医療現場にスムースに還元する、患者さんの自由な選択、などへの配慮が欠けているのではないか。
国民皆保険は当然ながら我が国の医療制度の根幹ではあるが、それに固執していては医療の改革は進まない、という認識がどうしてないのか思う。医療保険制度が財務的に破たんしかけているなかで、社会保障の充実のための消費税増額へ社会は強い反対をしている。国民皆保険という温かい湯船にどっぷり浸かっているが、そのうちにお湯が出ないようになる、という危機感に乏しい。この際、混合診療の是非については広い視野で徹底した議論をして欲しい。お金持ちが利益を得る、といった表面的な反対論を展開しないで欲しいと思う。
私としても今の動きがいいのかは判断が難しい。というのは具体的な話で、これまでの先進医療(特別療養費制度)では実施施設を選んできたが、今回は医療機関を特定しない仕組みが提案されているからである。先進医療の発展的拡大と考えると、機関を限定しないことについては問題が大きいのではないかと、これまでの先進医療制度の貢献を考えると思ってしまう。
 今回この混合診療を取り上げたのは、先の国際心肺移植学会での海外での先進的医療機器のオフラベル使用が目についたからである。補助人工心臓の開発は目覚ましく、その認可(臨床使用承認)制度については米国のFDAが中核となっている。我が国では特にそうであるが、輸入機器の臨床治験をする上でもFDA認可によって対応が大きく異なってくる。一方、欧州では共通のCEマークがあって、これは比較的認可(承認)基準が緩くなっている。そこで、デバイスの開発は米国で行い、臨床試験はまず欧州で行ってCEマークをとる。その後にFDAの認可を申請する、という仕組みが定着している。テルモ社開発のDuraHeartという機種も日本と米国で開発し、まず欧州で臨床治験を行ってCEマークを取得してから日本での治験、承認となり、現在は米国での認可をFDAに申請中である。CEマークでは安全性がチェックされ、FDAは保険償還の審査を行う、という仕組みである。しかしこのFDAのバリアーが高いことから補助人工心臓の開発と応用が遅れていたと開発研究者からクレームが続いていた時代があった。
さて、新しいデバイス(補助心臓などの機器)が保険適応されていない段階での使用(オフラベル)が欧米では頻繁に行われている。学会発表でも、これはOff-Label使用と断って成果を出している。施設や外科医の責任で臨床試験を行っていて、その積み重ねが保険適応につながっているようだ。英国では保険制度が厳しくこういうことは出来ないようだが、他の国の外科医にオフラベル使用についての費用負担を聞いてみた。答えは、その施設が保険者との契約で(患者の入っている保険)、ある手術(治療)について一括して幾らということが決まっているので、その範囲で自由度がある、ということであった。日本でいうマルメ、DPC、方式と言えるが、その中身は詮索しないというのが欧米方式のようだ。勿論、全く実験的なものは当然出来ないようになっているであろうし、それなりの学術データーの基準があると思われる。新しい機種に企業が付けている価格がマルメの医療費内で賄われれば、また企業や施設が許可すれば、混合診療というややこし話ではなくオフラベル使用が保険制度下に行われる、という仕組みと理解される。こういう保険制度の採用は我が国では無理なのであろうか、今回の混合診療拡大の議論の中に入れて欲しいと思う。
さて、これまでの先進医療は将来の保険適応を前提にしていることと、施設は申請時にすでに保険外で5例(多くは)の使用実績が求められていた。後者については病院が高額の機器、設備を購入し、病院負担(研究費)で(患者負担は恐らくしていない)実施するので、大学病院やナショナルセンター的な大規模病院でないと出来ない仕組みである。ということは、それ自体がかなり制限的な仕組みである。今回、その規制も緩和するということであるが、中身はどうなのか、要フォローである。
別の視点で大事なことは、我が国では保険適応になった後での検証を行う仕組みがないから、いったん保険承認された高額な治療やデバイスが、医学的に効果が少ないことが分かって来ても(効かない患者さんも結構いることが分かって来ても)、大きな括りの適応基準のもとで、また医師の個人的(学会ガイドライン)な裁量で使われる。結果的に医療費の無駄が生じている可能性がある。こういたところの調査、あるいは医療側の自主規制、といった制度も同時に検討すべきであろう。その治療や薬が医療経済、患者の予後やQOLから見て、適切かどうかフォローするシステムの構築が求められるということである。植込み型補助心臓での市販後レジストリ制度(J-Macs)がいい見本である。これまで先進医療(最初は高度先進医療)で始まって後に保険償還されたデバイス治療についてフォローアップ調査の検討を始めることが、混合診療の拡大と共に大事ではないかと思う。本来は、その導入に関わってきた学会等が自主的に調査するべきではないか。お役所から言われる前に自らを律する、というスタンスも大事である。そういう学会主体の予後調査への補助金も国は考えたらいいのではないかと思う。

少し長くなりました。また内容的に正確かどか、疑問の所もあるでしょうが、ご容赦ください。
PS
写真は兵庫県三田市永沢寺の芝桜と牡丹です。