少しご無沙汰でした。5月大型連休は遠出もしないで、近場でのんびり。アウトドア-スポーツも冬モードから夏へと切り替えて、自転車乗りも再開です。さて、何かネタはないかと考えている中で、いろいろ来る学術雑誌、英文が多いですが、に何かネタになる話はないかと目を通していたら、面白いものがあったので、少し社会的にタイムリーなこともあるようで、紹介します。
雑誌は、米国胸部外科学会の機関誌Journal
of Thoracic and Cardiovascular Surgeryで、 胸部外科(呼吸器外科医、食道外科)と心臓血管外科の国際的に著明な専門誌です。この分野のトップジャーナルで、ここに採択されるのはかなり難しいのですが、日本からも結構の数の論文が掲載されています。この学会がAATSといって私が毎年出かけていたのですが、今年はトロントが開催地でしたがその前にサンデイゴに行ったので断念しました。
最新号で目についたのは、Editorial(特別寄稿)でした。タイトルは、気管は組織工学で最初に出来た臓器か?です。 Trachea:
The First tissue Engineered organ? で,ベルギーのルーベン大学の耳鼻いんこう科のデレーレ(Delaere)
先生の投稿です。この雑誌は耳鼻科の先生はまず出てこないのですが、そこからも何かしら興味がそそられます。内容は、2012年の9月15日のニューヨークタイムズ紙に掲載された、「最初の自己の細胞からテイラーメイドされた臓器、 A First: Organs Tailor-Made with Body’s Own Cells, であす。Fountainというサイエンスライターの記事への意見です。組織工学は再生医療のなかでも注目されていて、動物や他人の臓器や組織を処理して細胞を除き、その空組織(スキャホ-ルド)に患者さんの自己細胞(幹細胞)を植えて、体外で臓器を作ってその後に移植すると言う先駆的技術です。素材には人工のものも沢山試みられています。
さて本論ですが、発端は2008年と2011年にLancet (Nature
やScienceが基礎研究の最高峰なら、Lancetは臨床医学のトップジャーナル)に発表されたものです。スエーデンの有名な研究所、カロリンスカ研究所からの人工物(プラスチックのチューブなど)を素材としてこれに自分の幹細胞を植えて、患者さんに戻す移植手術が出来るようになった、という画期的な発表です。気道(気管)を新しい組織工学を使って世界で最初に作れた,というものです。最近、術後5年を経過して患者さんは問題なく生活している、という発表もあります。デレーレ先生は、世界初ということに拘っての意見投稿です。気管は人工的に作るのは大変難しく、それを軽々に世界初ということでニューヨークタイムズ紙が書いたことが気に入らなかったようです。再生医療とか先進医療へのメディアのスタンスに疑問を投げかけています。スエーデンとベルギーのバトルかもしれませんし、胸部外科医と耳鼻いんこう科医の先陣争いかもしれません。これは野次馬根状ですね。
デレーレ先生の論点は、その治療が本当に成功しているのか、植えた細胞は何処かに行って抜け殻だけではないのかということで、目に見えるように示さないで、成功とか世界初、というのは社会をミスリードする、という内容です。その中に、この分野の世界的先駆者のヴァカンティ教授の有名な耳介の再生(ラットの背中に大きな耳介が生えている写真で有名)のように目に見えるようになれば信頼できる、といことも言っています。ヴァカンティ教授といえば、STAP細胞で登場された方です。このスエーデンの気管再生には直接関わってはおられないと思うのですが、この分野では相変わらず大御所です。記事を見ると(Webで見れますが)、カロリンスカ研究所での種々の臓器への取り組みをかなり詳細に書いています。心臓や肝臓もあり、その内容は確かに今後の発展が期待される希望に満ちたものであり、良い記事と思います。ただ、新聞のA
Firstという見出しは要注意でしょう。これはサイエンスの記事なので、ニュースではないので人目を引く見出し(日本の新聞では小見出しが人を惑わせていますが)が必要かどうかですが、これは議論が分かれるでしょう。
医学や科学で、最初、世界初、ということを公表することの難しさを感じますが、一方でマスメデイアの科学技術の発展へのスタンスにも問題が多いことも身近に感じます。新聞記者の先陣争いもあるでしょう。かって和田心臓移植への態度や最近では心臓移植の再開で移植医の先陣争いとマスコミが責め立てたことや、STAP細胞のこともあって、この論文が日本の社会にとっても何かタイムリーな気がしたので紹介しました。論点整理、あまり出来ていないままに書いてしまったようです。
論文は Delaere PR, Raemdonck DV. The
trachea: The first tissue engineered organ ? J Thorac Cardiovasc Surg. 2014
;147:1128-1132
写真は、 Timesの記事の写真です。Webから転載です。ラットの心臓や肺、腎臓が環流装置に繋がっていて、細胞が除かれて、新しい臓器への骨組みになります。