日本臓器移植ネットワーク(以下、ネットワーク)がまた移植患者の選定ミス、というニュースが飛び込んできた。27日の記者会見で、直近での心臓移植提供で心臓移植レシピエントとして選定された1番と2番が共に大阪大学付属病院の患者さんであり、連絡を受けた阪大側が1番と2番の順番が逆ではないか、ということで事態が発覚したようだ。調べてみるとこれまでに二人の待機患者さんが本来受ける順番であったのに順位が下位になっていて、受ける機会がなく既に1000日以上の待機になっているという。
そもそも2014年に同様の選定ミスが連続し、厚労大臣から改善命令である指示書が出て、執行部の交代と選定ソフトの見直しが行われたばかりである。この患者選択(臓器配分、臓器斡旋)は脳死臓器移植での臓器配分を公平公正に行う根幹にかかわる所で、間違った選定の陰で本来受けるチャンスを失う、そしてそのために待機期間延長ではなく移植に至らず亡くなることもあり、あってはならないことである。ネットワークの実情から見れば同情したい所も沢山あるが、あえて論点整理を試みてみたい。
では、選定ソフトの新規導入から2年弱で何故こうなったのか。何故これまでミスが分からずに来たのか。その仕組みを理解しなければならないが、あるドナーからの脳死での臓器移植が可能となった時、まずレシピエント(移植を受ける方)を基準に則り順位の高い方から選び、3番くらいまでについて各移植施設へ連絡し、移植を受ける意思があるかを確認することから始まる。これはその病院で登録している患者さんだけについての連絡であり、他の病院で登録している患者さんの情報は計り知れないことである。少なくとも今回のように1番と2番の両方が同じ施設であると間違いが分かるが、その施設の患者さん一人が何番目かの候補と連絡があっても、その施設での順番が正しければ、他施設のそれ以外の順番のことは全く分からないし、知らせてもいけない。要は、何か不審な点があっても施設間で確認しあうことは出来ない。順位が2番目の方がおられても1番が他施設であればそれを信じるしかない仕組みである。
原因にはコンピューターのソフトの不具合と担当者の情報登録時の人為ミスの二通りがあるが、何れにせよコンピューターに登録後の確認を各登録施設とネットワークとの間での確認する仕組みがない、即ち二重チェック体制が取られていなかったのではないか。実はもうとっくに時効ではあるが、心臓移植再開のころにも同じようなことがあった。手計算をコンピューターに変えたから安心ということは決してないことを改めて知るべきである。ネット―ワークの皆様が日々頑張っておられ、ここまで成果を上げつつあるなかで、こういったことでネットワークやそれを支えるコーデイネーターの評価が下がるようなことに無いように願いたい。
前回のネットワーク問題の時にも書かせてもらったが、日本臓器移植ネットワークはもうそろそろ二つの役割を明確に切り分ける時期ではないか。一つは今回出た患者選定作業、法で決められた臓器斡旋(配分)事業であり、もう一つは啓発・教育・学術などの活動である。前者は国の予算も付くもので、徹底した質の管理と公平公正な臓器配分であり、脳死判定や個人や家族の意思表示の確認等の役割がある。現在もネットワークとしてはこの仕事が殆どであろうし、改めて斡旋業務の円滑かつミスのないシステムの構築を徹底して欲しい。一方、救急病院等の臓器提供の現場での移植コーデイネーターの充実とこの斡旋業務とは車の両輪であり、ネットワーク事業の根幹である。
しかし、もう一つの役割、啓発・学術活動、も大変大事なことは言うまでもない。今回も関連するソフトウエア―であるが、究極はデーターベースにも繋がる。膨大な登録患者と提供者、提供臓器、そして成績などはデーターベースの管理という点でも大事であるが、学術的にも大変重要であることが日本ではあまり認識されていない。米国ではUNOSという歴史ある国が支援している大きな臓器移植の元締め組織があるが、そのデーターを学術的に使用して移植医療の発展に大変貢献している。移植関係の学術誌にはUNOSのデーターを分析して、待機中の死亡の原因や待機リスト判定が適切であるか、時代に合っているか、等の重要な報告が出ている。最近も、臓器配分と患者選択指針(ポリシー)の見直しがあった。法改正ではなくポリシーの改変で新たな展開が始まる。一方日本では、ネットワークは概要(臓器提供数と移植数がメイン)を公表しているが学術的なことはどうか。外部からの研究用資料提供の申請があれば許可されるが、研究者側はデーターの取得ではかなり制限がある。臓器提供者と待機患者、移植患者の個人情報が絡むからである。
今の日本のネットワークは予算と人材から見て誠に貧弱である。斡旋業務に振り回されているのか、学術や啓発にはとても十分な力を出せていない。また、米国はUNOSが臓器提供や移植の現場でのネットワーク(OPTN、Organ
Procurement and Transplant Network)と緊密に連携されていて, 上述したように臓器提供や移植の仕組みの改善や新たな展開を積極的に支えている。日本では、ネットワークの下部組織的な地域支部があるが、啓発活動が主のようである。そして移植や臓器提供、配分の種々の基準の見直し、予算配分などは厚労省管轄であり、その中の専門委員会で決められる。ネットワークはその実施機関に位置している。米国のOPTN/UNOS体制とはかなり異なっている。脳死臓器移植はこれまで長い議論があり、法律制定でも紆余曲折があったように、法で厳格に管轄されていることから、ネットワークには主体性もなく、予算も限られている。そういう意味では、日本の臓器移植の成熟はまだまだ道遠し、の感である。
我が国として求められる臓器提供数の確保と質の担保、社会からの信頼獲得、などのゴールを目指してネットワークや関係者は更なる努力が要るが、今回のことを踏み台にして更なる展開をして欲しい。選定ミスの後始末で終わらせてはいけない。