2017年4月24日月曜日

子どもさんからの臓器提供ニュースの意味は

   分かりにくいタイトルだが、今日は臓器移植について軽く触れたい。今年の7月は臓器移植法制定から20年の節目であるが、それについてはしっかり別の機会に触れるとして、今日は軽く寸評程度で。
 一昨日から昨日にかけて子供さんの臓器提供のニュースが出ていた。15歳未満(6歳未満の小児ではない)の子供さんが脳死となり、ご家族が臓器の提供の承諾をされ、心臓などの移植が行われる、という記事。ご家族の尊いコメントも載せられていた。法律改正で可能となった15歳未満の子供さんからは家族の同意で脳死での提供が可能となり、この子供さんが13例目と書かれている。少しずつではあるが小児の臓器提供も進みつつある。
少し軽い話として、昨夜のTVドラマでは、企業に勤めるエンジアの母親が、心臓病の子供を米国に心臓移植を受けに行かせるため数億円という費用を捻出しないといけない、というなかで、企業がその費用を用意するという条件で母親を犯罪に巻き込んで行ったというシナリオである。渡航移植の費用が巨額になっていること、米国に行かなければ助からないということ、などの背景が企業犯罪とこれに対峙する警察のTVドラマにまで登場するのかと、複雑な気持ちになった。渡航移植の数億円という費用の捻出に親たちが現実にどれほど苦しんでいるかを思うと、ドラマを楽しむよりやるせない気持ちになる。ただ、高額費用の渡航心臓移植について社会問題化していることを表しているのかもしれない。
ここで、脳死での臓器提供のニュースは今ではもうあまり目に留まらなくなったとは言え、小児ではまだ記者会見の様子などTVも交えて報道される。提供に同意された親御さんのお気持ちをネットワークが紹介することで、普及啓発になるのであろうが、もうそういう時期はそろそろ卒業してはどうかと思う。ニュースのタイトルも、脳死での提供とある。ことさら脳死ということを付け加える必要があるのか。メディアは報道の役目があるが、それでも脳死ということに拘るのは、まだこれが特別な意味を持っているからではないか。これは考え過ぎかもしれないが、20年経っても、改正から7年経っても、特別扱いすることの意味である。しないと忘れられるのか、しないといけないのか。もう特別扱いは卒業したらいいのでは、と思う。それが臓器移植を普通の医療に成長したとする証になる。いやそうはいかない、また和田移植のようなことが起こるかもしれない、社会への公開が大事、という意見が出そうである。この意味で、和田移植(今の時代の方には何のこと、という話)の呪縛はまだ社会(行政、マスコミ)に残っているのではないかと思ってしまう。
何気なく見過ごしている臓器移植のニュースの在り方や、ネットワークの記者会見も、そろそろ考え直す時期ではないかと、感じた。一方、臓器移植は社会と共にあるのだからそれは無理だという考えもある。これからの臓器移植を考える上での大事な論点である。新聞報道を見て、脳死臓器移植がまだ成熟していないのか、いや返って必要なのか、考えてしまう。

因みに、この報道でのネットでの書き込みを見ると、家族の決断を支援する声や移植は自国で、という意見があり、これに賛同が30ほどあれば1割ほどはそうではない。ネットでこういう意見交換が進むのを見ると、臓器提供に問題がなくてもその都度ニュースに出す意義は大きいのかもしれない。

2017年4月14日金曜日

ガラパゴス化

4月も半ばに入って近くの桜もそろそろ散りかけているようですが、今週末はまだ楽しめるかと思っています。とはいえ札幌では雪が降り、関西も朝夕はまだ肌寒い日が続いています。さて、このところの世界情勢は混乱状態で、かっての東西冷戦時代の再来かと思われる緊迫もあり、北朝鮮の核兵器や化学兵器の驚異もエスカレートしていく中で、我国の外交でどういうアイデンテイテイーを示すのか、大変難しい問題です。といって、憲法改正ありきではなく慎重にすべきと思いますが、この世界情勢における日本の立場はどうなるのでしょうか。国連の核兵器禁止条例には唯一の被爆国の日本が不参加に回ったことは個人的には大変な残念でありました。外交もトランプ政権に振り回されているのでしょうか。
さて、表題のガラパゴス化ですが、最近の新聞のコラムであることについてこの表現が使われていました。私は最近の身近なことでこれを引用したいことが二つあります。一つは受動喫煙防止対策であり、もう一つは何度も書いている医師の専門医制度です。世界から、そしてグローバルスタンダードから取り残され、井の中の蛙的な状況に黙っておられない心境です。

受動喫煙がこれほど野放しになっている先進国はない。受動喫煙が、喫煙で吸い込むより危険な科学物質を撒き散らし、周りの大人や子供が間接的に健康被害を生じること、喫煙自体が発がんの原因になる、という科学的に明確な根拠が我にでは無視されている。タバコは嗜好品だとおっしゃる偉いさんは、タバコ中毒、ニコチン依存症である、ということを信じないか無視しておられる。タバコ関連事業からたくさんの税金が入ってくるからいいじゃないか、と財務大臣が国会で述べられていた。喫煙と受動喫煙による健康被害で使われる医療費をタバコの少しの税収と比べるのも愚かである。

今回は東京パラリンピック・オリンピックに合わせて何とか国際水準に持っていこうと厚労大臣が率先して健康増進法を改正しようとしている。このチャンスを失えば向こう何十年もこの状態が続くであろう。WHOの方がこられて厚労省案でも世界では最低のレベルである、と警告されても自民党議員のかた(反対派)には馬耳東風。小さな飲食店がたくさん倒れる、というが世界では一的にはお客さんが減るがすぐに回復することが実証されている。我が国でも完全禁煙の店にしか入らない、という人々も増えている。喫煙可能な飲食店での子供さんや従業員の健康被害はどうするのか。今日の新聞では、自民党が難色を示し部会での審議もできないという。受動喫煙対策でガラパゴス化しないよう、厚労省は決して怯まないで頑張って欲しい。ガラパゴス化した国での東京オリンピックは危険な煙でくすぶってしまう。東京だけの問題ではない。健康被害は目に見えないが、何十年か後には病気が発生する確率が高くなる。タバコは臭くても最新の臭い消しで対処しよう、という広告が目に付く。国民的人気アスリートの宣伝に惑わされてはいけない。

医師の専門医制度は何度も書いているが,今回の改訂で修練制度において何とかグローバルスタンダードに近づけよう、という関係者の努力はどこかに行ってしまった。これまでの制度でも確かに個々の医師のレベルや学術レベルは世界に向けて引けを取らないし進んでいる。しかし、これを一部ではなく標準レベルにおいて、質の担保を図ろう、卒後教育を効率良くしよう、という趣旨が大きく壊れてしまっている。若手や中堅の医療現場の医師自身が、挑戦しない、現状維持を好む、というスタンスでは、医学教育と共に卒後生涯教育においてガラパゴス化していくと危惧している。リーダーはポピュリズムとは離れるべきである。ハワイ大学の町教授は,日本の医学教育は鎖国状態と言われていたのを思い出す。

ということで、二つのガラパゴス、を紹介した。良いガラパゴスはないと思うし、進化が停滞する。 日本にはまだまだガラパゴス状態が沢山ある。先週は米国で国際心肺移植学会があり参加してきたが、移植医療では日本はまさにガラパゴス島でありガラパゴス化ではない。臓器移植法制定後、今年は20年目を迎える。感慨に耽っている状況ではない。今日も移植待機中に亡くなられる方がおられるかもしれない。

          16日、夙川の桜です.まだ結構残っていて温かくいい日和でした。