脳死片肺と生体片肺を合わせた両肺移植(ハイブリッド移植)
先日4月4日、岡山大学病院で表記のハイブリッド肺移植が行われた。世界初の手術と言うことで大きなニュースになっていた。岡山大学は前任の伊達先生(現京都大学教授)から生体肺移植の世界のリーダーで、今は大藤剛宏先生が後を継いで素晴らしい業績を上げておられる。大藤先生はこれまでもユニークな移植手術方法を開発して小児の肺移植の新たな道を開拓している。今回も、脳死ドナーが少ない状況での生体移植と合わせたユニークなハイブリッド肺移植はそれなりに評価されるであろう。生体移植も出来ず、また年齢から脳死での両肺移植にも出来ず、今回の脳死片肺移植のチャンスを生体肺移植と合わせないとこの患者さんは救命できなかったと思われます。肺機能の良い大きなサイズの脳死ドナーの片肺が回ってくるには数年もかかる訳で、それまで待てない状況であったわけですから、この方法は十分評価されるでしょう。
脳死ドナーからの肺移植は片側だけの片肺移植と両側の同時移植があります。一人のドナーから前者では左右の肺を別々に二人の患者さんへ、後者は一人だけに移植されます。生体肺移植では原則家族の二人から片側ずつ肺の一部が移植されます。患者さんの体が大きいと生体より脳死ドナーの方が安全に行われます。
さて今回行われた肺移植は、特発性間質性肺炎で肺移植でないと助からないと診断された北海道の59歳の男性患者に、脳死ドナーからの左肺移植と息子さんからの右肺の一部(肺葉)を使った生体肺移植を併せた両側肺移植(肺すべてが置き換わる)です。背景には、55歳を超えると脳死ドナーからの移植では片肺しかもらえない制限があること、生体肺移植は成人の場合で血液型の合った二人の親族ドナーがいること、呼吸不全が増悪しても肺では人工心臓の様な長期に使用できる補助手段がないこと、などが挙げられます。因みに、このドナーからは心臓、肝臓、膵臓、腎臓が5人の方に移植されています(日本臓器移植ネットワークからの情報)。
世界初の意義は別として、この肺移植が移植医療に投げかけた意義について考察してみたいと思います。以下に、医学的な視点から論点を整理します。
①
このドナーのもう片方の肺はどうなったのか 使えなかったのか別の方に移植されたのか そして、この脳死ドナーからの片肺は、他に希望者がなかったのか
②
生体肺移植と脳死肺移植のハイブリッドを始めから準備していたのか
片肺移植で始めようとしたが、機能が悪そうなので、急遽生体も加えたのか
③
脳死ドナーから右肺の提供しかなかったらどうしていたか
④
条件の悪いドナー肺としたら、これから十分機能するのか
⑤
55歳という縛りがなければ両肺移植が可能であったのか
等です。
さて、それぞれについて得られた情報から私なりに推察すると、①については対側の肺は機能が悪く移植には適さなかったのではないか。また、移植待機順番が上の希望者はあったであろうが、機能が悪い肺なので辞退した、②については左の脳死片肺移植で待機してそのドナーが現れたら生体も行うことで家族に説明し(倫理委員会の承認も)、スタンバイしていたのでは、③については息子さんの左肺葉移植も準備されていたのでは、④はこれまでの経験から岡山では大丈夫と判断した(記者会見では機能は良好)、⑤難しい設問ですが、年齢制限がなければ両側肺移植で待機したであろうが、それでは間に合わないし、今回は他の施設も条件が悪く両側肺移植は行わなかったであろう、ということになると思われます。
即ち、条件が悪い肺なので普通であれば移植に使用しなかったが、生体と合わせたら乗り切れると判断して、それを活用し見事成功した、ということになる。限られたドナーからの提供で、しかも条件の悪い臓器(マージナルドナー)を最大現に活用する、日本ならでの離れ業といえる。臓器提供に同意されたご家族も満足されているのではと推測されます。
話しがあまり複雑になってもいけないので要約すると、ドナー不足が厳しいなかで移植医療の現場は数少ないドナーとその家族の意志を最大限活用しようと本当に頑張っていることです。素晴らしいことです。そして、ドナー不足の状況では若い方への移植を優先させようということで、肺の場合は年齢の高い人は両肺(片肺では二人分)を使うのは遠慮してもらう、ということです。ドナーが十分出ればこの年齢の縛りも緩和されるかも知れません。心臓では65歳以上(登録時)は移植を受けられません。脳死移植を受けるためには、登録時ですが、年齢制限があることについて社会はどれだけ知っているのでしょうか。ドナーでは原則ですがはっきりとした年齢制限(上限)はおいていません。そして、最後に社会は脳死ドナーが少ないことをどれだけ分かってもらっているのでしょうか、この際ですから背景にあるドナー不足にも目を向けて欲しいと思います。岡山大学の素晴らしいお仕事に敬意を表して終わります。
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