阪大の澤教授はこの10年ほど心筋再生医療で非常に頑張っているのは皆さん良くご存じと思います。再生医療のトップランナーとして実績を上げながら製品の企業化でもリーダーシップを発揮し、新しい認可や製品化の仕組みを行政に作らせている。先日、テルモ社が表記のプレスリリースを行ったことが報じられている。再生医療製品として初として保険医療の元で臨床応用が始まるのは、骨格筋芽細胞シートと言われるもので、対象は虚血性心筋症である。私が阪大在任中に澤現教授グループが動物実験で検討を始めたもので、10年掛かったとはいえ保険医療で実施できるまでになったことは正直驚いているし、またその努力に敬意を表したい。
骨格筋組織の中にある筋細胞(筋繊維)になる幼若な細胞(筋芽細胞)を選び出してこれを増殖させ、東京女子医科大岡野光夫教授の開発した細胞シート作成技術を駆使してシート状に細胞を並べ、それを心臓の表面に貼り付ける、というものである。今回の承認の特徴は、まだ臨床試験で成果が確実でないが所が残る開発途上の治療について、ある意味で見切り発車の仕組みが認められたことが大きいと思う。従って期限付きの承認で、5年(であったと思う)後に成果を検証して保険医療に適していれば本承認し、成果が出なければ承認は継続しない、というものである。この制度は補助人工心臓の開発製造承認ガイドライン作りでも提案したもので、欧米では良く行われていル仕組みである。少数の臨床例では効果が期待されるがまだ本格使用(保険医療)に課題があるものを、企業が販売しながら(ある意味保険医療)臨床治験を進めるものである。こうでもしないと開発企業が資金面で耐えられないからである。日本もやっとこの仕組みが始まったということでも大きなステップである。テルモ社も細胞シート作成技術を自社で確立し、臨床治験を済ませてここまできた努力は阪大と共に評価される。
そもそも心筋ではなく、人が運動や市姿勢を維持するときに使われ、働く仕組みが違う骨格筋の細胞を心臓になのか、ということから解説がいる。心筋も骨格筋も横紋筋(消化管や血管壁の筋は平滑筋で自律神経支配)であるが、骨格筋は随意筋で人の意志によって収縮するが、一方、心筋は横紋筋でも不随意筋と言われ人の意志に支配されないことや疲労しないといった特徴がある。性質的にも遺伝子的にも違うとはいえ骨格筋の基の細胞(いわゆる幹細胞ではないが)に心筋様の作用を期待する研究がヨーロッパで以前かなり進められた。
初めは背中の広背筋と言われる大きな筋肉を血管や神経の枝付きで背中からはがして肋骨の間から胸腔に持って行って心臓に貼り付ける、という方法が行われた。単に張るのではなく、この血管付き筋肉片を特殊なペースメーカーで刺激して疲労しない不随意筋様に変化させて心臓の補助をするものである。機械ではなく自分の筋肉で心臓を助けるというコンセプトであたった。日本では臨床応用寸前まで行ったが、結局はものにならなかった歴史がある。
その後、自分の筋芽細胞を心筋梗塞患者に注射器で直接注入する研究がヨーロッパで行われた。しかしはっきりした効果が見られず返って不整脈を起こす危険もあり臨床に広く使われるには至らなかった。阪大グループは注射ではなく細胞シートにしたことが成功した要因であるが、心臓の表面貼り付ければ心臓に同期して収縮してくれれば心機能の改善になる、という仮説の基で動物実験が進められた。しかし、面白いことに収縮作用(ポンプ補助作用)はないが何かしら心機能を改善させる効果があることが分かってきた。そこに目を付けたのが偉いが、研究成果でサイトカイン(一種のホルモン)という物質が出て心筋に染みこんでいって弱った心筋を助ける、という理論が実証された訳である。ここが新たな発見であった。虚血性心筋症では心筋への血流が傷害されていることやまだ生き残っている心筋細胞を元気付ける、ということで今回の対象は心筋梗塞後でバイパス手術に適しない患者さんである。ということで、5年でどういう結果が出るか期待したい。
補足であるが、テルモの発表の後で、また澤教授がこの治療法を拡張型心筋症に医師主導の臨床研究で進めるという。心筋細胞自体の病気である拡張型心筋症に効果があるのか。もし効果があるなら、虚血性も同じであるが、その細胞シーの本質的なメカニズムが解れば、薬での心不全の治療に還元されるという期待も大きい。そこまで来れば、正に再生医療となるであろうと想像する。というのは、シート治療は心筋細胞自体を再生さえる(心筋細胞が増えるなど)ものでは多分ないので、本当の意味での心筋再生は胚性幹細胞やiPS細胞の登場になるであろう。とは言え、小児の心筋症への細胞シート治療も早く実現させて欲しい。
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