数日前の新聞に表記の記事がでています。 ALSは筋萎縮性側索硬化症のことで、今では社会的に広く知られている難病の一つです。原因が分からない病気で徐々に体の筋肉の麻痺が進んで、最初は握力や脚の力が低下してきて進行すると呼吸も出来なくなります。人工呼吸器を着けるかどうかは患者さんの事前の意志が尊重されますが、認知機能は残るので眼球運動機能が残っている場合は人工呼吸器を着けながら目の動きで意思の疎通が可能なことはよく知られています。
さてこのALSですが、私の外科医としてのスタートを切ったのは和歌山県田辺市の病院でしたが、そこでこの病気の研究のルーツを知りました。和歌県の牟婁地方に神経麻痺が進行する原因不明の病気が多いことが知られていて、牟婁病として言い伝えられていたようです。こういう地域の名前が付いた病気の名前はもう使われなくなった、というか使えなくなったのかと思いましたが、調べるとそうではないようなので、ここでも使わせてもらいました。当時の社会保険紀南総合病院の院長先生がその専門であったので、何となく身近に感じていたのを思い出します。何だそれだけのことか、という話ですが。
記事によると、「北大と大阪大の研究チームは13日、全身の筋力が低下する難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の新薬の臨床試験を始めると発表した。平成23~26年に行った臨床試験で安全性が確認されたとし、今回は病状の進行を抑える効果があるかどうかを調べる。」というものです。HGFという成長因子を注射する群とプラセボの注射群とを比較して病気の進行が抑えられるかどうかをみるようです。既に人工呼吸器が付いている方への試験は将来のことでしょうか。
さて、この病気に新薬が登場しようとしている訳ですが、私の専門でない神経の病気をここで取り上げたのは新薬であるHGF(肝細胞増殖因子)について少なからず関わりがあるからです。人には沢山の成長因子といわれる蛋白質が発見されています。よく知られているのは所謂成長ホルモンですが、これは下垂体前葉の細胞から出る成長に関わる蛋白で、低身長児の治療に使われ、今では美容成形やアンチエイジング治療としても用いられているようです(後者は保険適応ではないと思います)。成長因子としては骨髄での好中球の産生を刺激するG-CSFや赤血球を増やすエリスロポエチンなどがよく知られています。肝臓は再生する臓器としてよく知られています。肝細胞が再生できるのは何かこれに関係する因子(蛋白)があるのでは、というなかでHGF、肝細胞増殖因子、が見つかりました。以来HGFは種々の場所で組織の修復作用があることが分かってきました。
今回、ALSで試験されるのは神経細胞への修復作用を期待してのことですが、前述のようにHGFは肝臓から始まりその後多くの臓器や組織の修復に働くことが分かってきて、まさにミラクル蛋白(サイトカインともいわれます)、ともいえる訳です。阪大第一外科は心臓の再生医療の研究の初期にこのHGFを応用することが大事なテーマでした。HGFを同定した中村敏一教授が阪大におられて共同研究が出来ました。遺伝子組み換え技術でマウスのHGFの複製を作って精力的な実験が進みました。沢山の研究成果が出て、そのなかでHGFに心筋保護作用があることも突き止め、心筋梗塞などへのHGFを使った遺伝子治療の研究も進めました。当時、HGFのHは肝臓ではなく心臓heartのHだ、と言っていたことを思い出します。そして我々は臨床医ですからこれを薬剤として心臓外科の心筋保護液に加えることができないか考えました。そこで人型の遺伝子組み換えHGF蛋白を人に使えるようにと製薬企業とも相談してきました。しかし、当時(20年から15年前に遡りますが)はまだ人に使えるものは出来ませんでしたが、今では製薬企業が薬剤として売り出そうとしているわけで、時代が変わりました。
心臓の再生医療としては今は心筋シートが主流ですが、私が退職する当時は(2005年)心筋症に対するHGF(人型遺伝子組み換え蛋白)と筋芽細胞を合わせた移植治療の実験が成果を上げていました。その後、臨床応用は進んでいないようですが、HGFの薬剤としての使用が今後広まれば、心臓の再生医療も変わるかもしれません。調べてみると、別の遺伝子治療ベンチャーが原発性リンパ浮腫にも応用を始めようとしています。今後、これらをきっかけにG-CSFや エイスロポエチンのように臨床で広く使われる日が来ればいいと思います。心臓再生もHGFで、となるかもしれません。
ということで、なぜこのテーマを今回選んだかがお分かり頂けたでしょうか。今回のニュースは個人的にもかなり興味が持たれるものであります。ALSの臨床試験が成功することを願っています。
写真は連休中の奈良県當麻寺での写真です。
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