5月初めの大型連休も済んで世の中も落ち着いてきて、気候も爽やかな日が続いています。とはいえ、北朝鮮のミサイル発射、憲法改正、沖縄本土復帰45年、センター入試の改革、高齢者の自動車事故、などなど無視できないニュースが続いていて騒がしい所も相変わらずです。
さて、今日の話題は成人先天性心疾患です。生まれつきの心臓病は新生児や小児期に手術を必要とする場合が多く、難しい手術が多い中で成績も向上してきています。一方で、その子どもさんが大人になって心臓や重要臓器に色々問題が生じてきています。その成人になった患者さんを扱う専門医療分野が必要になっていているということです。この成人先天性心疾患のテーマはこれまで何度か取り上げて来ましたが、それは私の心臓外科医としての長い経験の中でかって手術をさせてもらった子どもさんが今は大人になって一部の方は継続してフォローし、治療しないといけないからです。これは私の今の臨床のなかで続いていて、また興味を持っている大事な分野の1つです。言い換えれば臓器移植と並んで今の私には大変大事なテーマです。
というのも、臓器移植と成人先天性心疾患は重要な関係があるからです。それは心臓移植です。成人先天性心疾患で心臓移植を必要とする重症の心不全が発生することが少ないとはいえ防ぎ得ない所があります。私が関わった方で補助人工心臓を付けて移植待ちの方もおられますし、適応が検討されている方もおられます。米国では年間100例ほどの方がこの疾患で心臓移植を受けています、と言っても成人全体の心臓移植の僅か3%くらいですから非常に限られています。しかし、ドナー不足が厳しいなか、海外では着実に成果が出てきていて、我が国でも避けては通れない問題です。
このテーマ、成人先天性心疾患と心臓移植、については我が国ではまだ専門集団のなかでもあまり認識されていません。このままではいけないと思って、論文にすることにしました。関係する学会誌、これは日本胸部外科学会になりますが、総説(レビュー)と言う形で、海外での成人先天性心疾患への心臓移植の現状を纏めました。文献集めや整理はすべて一人でしないといけない環境なのでなかなか大変な作業でした。幸い、先般、学会誌(英文誌、General
Thoracic and Cardiovascular Surgery) に採用され、今はOn-Lineでのみ閲覧できる状況です。(Heart transplantation for adults with congenital heart disease; current status and future prospect)
この海外で進んでいる状況を我が国で進めるためにはドナー不足だからとてもそんなところには、とういう雰囲気がありますが、それは患者さんに対して専門集団として責任逃れになってしまう危険があります。そいうことで、あえて現状認識という形で我が国の関係者に訴えるという所から出発しました。また自分なりには現状をまとめて何が出来るかを問う、ということも必要と思ったからです。我が国で先天性心疾患で心臓移植を受けた方は、子供さんですが海外で受けた方はおられるようです。大人では2人だけです。私が任期中に阪大病院で行った方と、最近国立循環器病研究センターで行われた1例のみでしょう。移植待機中の方は、先の私の関係する方以外には九州地区でおられるようですが、共に補助人工心臓を装着されている方です。心臓移植では待機期間が3年にもなると、補助人工心臓がないとまず難しい状況です。補助人工心臓が付けらなかったら優先度が下がって3年でも回ってこない状況です。このような中で、我が国では成人先天性心疾患の心臓移への対応は遅れていて、実際に移植を検討すること自体も難しい環境です。
この移植優先度が成人先天性心疾患患者さんでは低いという問題が米国でも指摘されています。最近そのシステムが少し変わったのですが補助人工心臓が付かない限りはやはり低いままです。わが国の優先度システムは基本的にはステータス1と2のままで、強心剤や補助人工心臓が付けられず、肝臓* や腎臓が機能不全になりQOLも著しく悪く予後不良となっていくこの疾患群への配慮はされないままです。この移植の優先度を変えるという作業は倫理的医学的にしっかりと実証しないと進まないのですが、成人先天性心疾患ではその数も少なく、検討対象にもなっていません。日本成人先天性心疾患学会や日本循環器学会などが頑張るしかないのです。
この成人先天性心疾患について学会専門集団(日本成人先天性心疾患学会)もセミナーを年2回開いてきていて、お互いに啓発活動を進めています。今年の前期のセミナーが6月に聖路加国際大学でありますが、そこで心臓移植の話をさせてもらう機会を作って頂いています。少しずつ認識が深まり、ひいては心臓移植の現状を知り、大きな課題であるドナー不足を少しでも解消できるよう世の中が動いてくれればと思います。という意味で、臓器移植法制定20周年を迎えて臓器提供について社会の認識を深め、提供の仕組みを変えていく機運がこの成人先天性心疾患での課題からも強まればと思います。
最後に、成人先天性心疾患の心臓移植は海外では当初は危険度が高かったのですが、選択基準の改善、医学的管理の向上などで、最近は先天性心疾患以外の心筋症と遜色ない結果が出てきています。とはいえ、早期は死亡率が高いのですが、遠隔期は他の心筋症に比べかえって良好であるということも分かってきました。この現象は、生存率の逆点現象,
survival paradox と認識されています。それを示すグラフを紹介しておきます。実線が成人先天性心疾患、灰色がその他の一般の成人の成績です。初期は成人先天性心疾患の方が生存率が低いのですが、移植後8年ほどで交差して、15年では逆転しています。15年で半数近くの方が生存されています。
*; 先天性心疾患、特にフォンタン手術後の肝障害〔肝硬変になっていく危険がある)は大きな課題になっています。
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