先日、TVで心臓移植を受けた少年が移植者スポーツ世界大会競泳で銅メダル、という言い素晴らし放映があった。中学生だったと思うが、泳ぎ方(自由形)が本格的な選手みたいで感心したり、嬉しくなったり。 移植までのストーリーが紹介されたが、阪大病院や国循(?)の建物が移っていたので、どこで移植を受けたか注目して見ていた。答えは海外であった。募金活動の映像もあり、母親も本人も、家庭も何も隠さずにオープンになっていて、すがすがしい感じでもあった。
移植者スポーツ大会は毎年わが国でも行われていて、国内外で臓器の移植を受けた方々も頑張っていて、世界大会にもわが国から毎年沢山の方が参加している。一般社会では心臓移植や肺移植の患者さんの元気な姿を見ることは少ないが、こういう会に出ると移植の凄い力が伝わってくる。今回の放映も、心臓移植を受けた少年の姿に社会の皆さんもその素晴らしさに感動したのではないか。
ただ、渡航移植をどうこう言うのではないが、こういう放送に国内で心臓移植を受けた方も是非登場して欲しいと思う。脳死からの臓器移植がまだ年間数例といったころは難しかったが、最近はいろいろな機会で移植者の顔が見られるようになった。とはいえ、まだ限定されているのでは。神戸の市民公開講座でも心臓移植を受けた方に登場してもらったが、いつも問題なるのは、ドナーの遺族の方への配慮である。法律の指針で、レシピエントとドナーの情報(個人情報)がお互いに伝わらないように配慮することが書かれている。このテーマは何度も書かせてもらっているが、わが国で例えば心臓移植を受けた患者さんがTVでその元気な姿を見ることが少ないことの背景にこの指針があるとすれば、やはり問題ではないか。
先日の読売新聞の臓器移植シリーズの一つで紹介された話。脳死ドナーの家族がTVで肺移植を受けた元気な方の姿の放映を見ていて、画面に移植した日時が出ていてその日が亡くなった家族が臓器提供した日であった。このため、この方が家族の肺をもらった方と分かり、同時にその元気な姿を見ての感想が述べられていた。この放映で移植を受けた日を明らかにしてしまったことは、指針に触れるから今後注意するように、という声が出るのかどうか。遺族がこれで心が安まった、提供に同意して良かった、ということでいい話である。結果オーライではいけない、と原則論を強く主張する方もおられる。移植を受けた方も、ドナー家族との直接の対面は希望されないことも聞いている。
今回の渡航移植患者さんのTVでの紹介、そして新聞記事での遺族の思い、など臓器移植の啓発活動において考える大事な事例であると思う。渡航移植と国内移植で移植を受けた方のメディアへの出方が違うのやはり何かおかしいのではないか。そして、臓器移植を受けた方が何かひけめを感じることのないように、学校や社会も移植を受けた方のその勇気そして頑張りに拍手を送る、という姿を皆で目指そうではありませんか。それがドナーとその家族への社会からの感謝にもなると思う。
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