2016年6月21日火曜日

米国専門医制度、外科レジデントの勤務時間

新専門医制度が始まろうとしているがどうも予定通りには行かない雰囲気がある。新制度の目的は、医師の生涯教育の最初の10年程の研修を各制度でばらばらにならないよう標準化し、外部からみても質の担保が出来、国民から信頼される医師を育てていくための生涯教育の仕組み造りである。グローバルに見ても評価されるものにしていくための改革であると思っている。そのためにはプログラム制での施設認定とピア-レビューが不可欠であるが、地域医療を混乱させたり医師の偏在を助長したり、一人前になるまでの期間が増えたりする、といった誤解とも言える疑問が出てきた。その背景には、一つにはプログラム制への理解が出来ていないことと、今の何が悪いのかというある意味固定観念的なものが根強いことと、加えて手続きが煩雑であることや、基幹施設になり難い大学病院以外の中核病院からの不満、も加わったのであろう。地域医療が崩壊するという意見が猛然と起こってきて関西広域連合の提起もされるまでに状況は混沌としてきた。こういう危惧がないように周到な準備と説明が必要であったはずが、スタート時期が決まっていて準備不足のまま来て今があるのかと思う。別の背景には、厚労省主導なので初期臨床研修制度の問題点をこの機会に改めるという姿勢の欠如もある。また、一部の大学、特に都会の大きな大学病院(講座の力が強い)がこれを機会に医局員を更に沢山集める、という動きをしているのではないか、と心配している。今回の改定は、大学病院がしっかりと医師の生涯教育の責任も果たすよう良いプログラムを作りながら地域医療の問題を改善していって欲しいという趣旨であったが、大学の教授の先生方の考えは従来の医局制度から離れられない、ということが理想と現実の解離の背景であると感じられる。

久しぶりの投稿であるが、書きたいのは上記の我が国で問題となっている新専門医制度のことというより、関連する米国での話しである。米国では専門医資格を取るための研修中の医師はレジデントと呼ばれる。卒後5-7年くらいの間、学会や第三者機関がしっかりとプログラムの質と個人の修練を管理しているが、その機構(ACGME)は各学会や各専門医制度と連携し、世界の標準となる制度造りを行ってきた。その中で、レジデントの勤務時間の管理は大きな仕事であった。今は、週80時間ルールがあり、四半世紀も守られている。以前にも紹介したが、1980年代後半に連続勤務が2日や3日が強いられていたレジデンが、過労のために的確な判断が出来ずに、間違った投薬で若い女性患者を死なせてしまった事件が起こった。亡くなったのはLibby Zionとういうか方で、その父親がジャーナリストであって、その事故の背景を調べ、当時常識であったレジデントの長時間の連続勤務が的確な臨床判断を出来なくし、医療事故が起こる背景にあることを訴えた。その結果、レジデントの勤務時間を週80時間以内とする法律(LiBBY法)法が出来た。
我が国で臨床研修制度(卒後2年間)が導入されたときに勤務時間の設定が議論され、また若い医師の過労死問題も起こり、各病院は医師の勤務時間の管理を行うようになった。これは労働基準法での管理であり、初期研修医は週40時間、という決まりがあり、給与が付く夜勤や時間外勤務は対象外でという雇用制度でもある。こんな9時―5時、土日休み、ではろくな研修が出来ない、この制度はいったい何を目指しているのか、という議論をした。しかし、労基法での縛りと厚労省の指針もあって、医師に成り立ての大事な2年間の研修時間が米国の半分である。甘やかされた制度でもある。外科研修から見ると、長い手術にも入れないし、術後の管理も出来ない。無論、研修病院によっては雇用契約が違うので一概には言えないが原則ではそうである。しかし、専門医修練である3年目以降は常勤医師であり、当然時間外手当が付く。従って週40時間という制約はない。しかし、80時間というような上限は設ける必要はない。あくまで労基法管理下であるから、とても80時間は無理である。そんなことをすると病院が労基法違反に問われる。
米国ではなぜ今も80時間制が守られているのか。それは長いレジデント制度のなかで培われてきた仕組みが簡単に変えられないことと、レジデントは安い給与でのマンパワー確保のために必要であるからと思われる。また、その後は補足的に、連続勤務時間を16時間まで、オンコール(当直)は3日に一度以内、夜勤の翌日は朝から帰れる、などで緩和されてきている。しかも、この時間制約を守らないと研修指定病院から外される、というペナルテイーもあるから、手術中にもう時間ですから帰りますと言われたらダメとは上司は言えない、といったことが生じている。この80時間制度について興味ある報告が最近の雑誌に出ている。New England Journalof Medicineの最新号(616日)に外科レジデントの勤務時間、という短い報告である。それは、この80時間ルールがどう守られているかの調査結果である。1003人の外科レジデントへのアンケートで、80時間ルールを超えたことがあるという答えは71%という高率であった。理由は、仕事が終わらなかった、緊急と長時間手術、患者ケアー、種類書き、などがあるが、外からの圧力や病棟を離れることへの罪悪感、などもある。非現実的な制度であり、しっかり守られてはいない、という状況である。
この報告は、若い外科医の初期修練での時間制約ルールは決して望ましいものではなく、より柔軟に、かつ効果的なものに修正していくべきではないか、というメッセージで締めくくられている。産科のレジデントでも同じような状況とも書かれている。手術に参加し、術後管理をすることで育てられる外科医の教育環境は時間で制約されるのではなく、内容と健康面やメンタルなことからの配慮でもって改善されていくのか。日本での新たな外科系専門医制度では働く環境の大事さもプログラム認定で謳われているがどうなるのか。ちなみに、扱う手術症例数が違って米国では半端ではなく多い、という背景もある(忙しい)。また、獲得された専門医資格の重みもかなり違って、資格取得後の処遇はとんでもなく違うことも認めざるを得ない。専門医制度でのプログラム制導入が米国の制度の表面だけ見習って中身はほど遠い、と言われても反論できないと思ってしまう。


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