2014年10月29日水曜日

新しい心臓弁手術

先日は阪大病院で新しい心臓手術の発表がありました。自分がやってきた領域なので少し解説とコメントを書きます。
患者さんはファロー四徴症の根治術を2歳で受け、遠隔期に肺動脈弁が痛んできて再手術となった30歳の男性でした。根治術は私が在籍したときに行われていますが、顔を見ても思い出せませんし私が術者ではなかったと思います。この病気は先天性の心臓病で、大きな心室中隔欠損(孔が開いている)に加えて右室の出口の肺動脈弁が狭く(狭窄)なっていて黒い血液がそのまま体(大動脈)に流れてしまいチノーゼ(唇などが紫色になる)が出る病気です。解剖学的には四つの異常がありますが、根治手術は欠損孔の閉鎖と右室の出口の狭窄解除です。根治手術の成績も不良な時代がありましたが、1980年代には安定し,かつ遠隔期にも再手術や不整脈などの合併症が出ないような工夫がされた時代でした。それでも肺動脈弁の逆流とか狭窄の再発が起こります。そのための心不全や活動制限が出れば再手術で肺動脈弁の再建、あるいは置換、が要ります。この場合、人工弁(生体弁)であれば弁逆流や再狭窄が将来来るので、どういう材質で再手術するのが今でも懸案であります。

このような背景があるなかで、ドイツで加工した人の弁(肺動脈弁)を輸入して行ったということです。弁置換は理想的には人の弁がいいのですが、他人の弁では拒絶反応が起こり、それを防止する処理をすると石灰化が起こるという問題があります。よく使われる豚の弁では石灰化が起こります。これを解決する方法の一つがtissue engineering 組織工学技術です。免疫反応の元となる細胞をすべて取り除き細胞のない骨格状態(スキャホールド)にして移植すると、今度は患者さんの自分の細胞がそこに根付いて、暫く経つとまさに自分の弁になるというものです。再狭窄や弁の破壊などが起こり難いと考えられています。脱細胞ではなく骨格のみを人工的に作ってそれを移植手術の前に患者さんの皮下に植えて、細胞を生やしてから取り出して心臓に使うという方法もあります。
脱細胞技術は再生医療の研究分野で日本でもよく使われていますが、今回はドイツの企業がそのノウハウをもっていて、阪大とドイツのハノーファー医科大学との共同研究(研究に国費が使われている)の成果でしょう。ドイツではヒトや動物の脱細胞弁の基礎的実験が進んでいます。ヒトの大動脈脱細胞弁による大動脈弁置換はまだ実験段階のようですが、脱細胞技術は米国の会社が特許をもって商品化を目指しています。日本も技術があるのにどうして自前でできないのか、という気もします。
 注:上記の項、一部修正しました。アンダーライン
個人的には興味あることが2-3あります。まず、使った元の弁がどういう方から頂いたのかです。心臓移植を受けた方の摘出心臓からまだ使える弁を取り出す方法と、亡くなった方で心臓移植に使えない心臓から弁を頂く場合があります。後者は日本でも行われています。この辺りを報道することは臓器提供や心臓移植を進める上での社会的メッセージ性はあると思いますが、日本のマスコミはどう捉えるでしょうか。日本人の弁をドイツに運んで処理して日本の患者さんに戻す、というシナリオもあればいいと思います。将来は全部自前でやることが最終目標でしょうが。

後は、今回は成人例でしたが、小児ではどうかでしょう。小児でそれこそ再手術が要らない脱細胞化弁が使用出来ればいいですが、弁のドナーのことと、脱細胞弁が成長するのか、ということへの回答が要ります。 もう一つは、人工弁ということでは大動脈弁置換が既に沢山行われ、術後に抗凝固療法が必要な方が多いのです。ここに脱細胞弁が大動脈弁置換の世界に登場すれば大きなメリットが出てきます。次のステップとして計画されているでしょう。ただ、弁にかかるストレス(圧)は大動脈弁で当然強く、肺動脈弁とは大きく違います。大動脈弁を使うにしろ、これに耐える脱細胞弁が出来るか、大変興味があります。多分、今回の処理方法で既に強度が保たれているのではと想像しますし、多くの患者さんが期待していると思います。今回の成果はその先がどうなるのかを考えて注目する必要があるようです。


iPS細胞から弁や血管を作ることも出来てくるでしょうが、人間が作った自然のものが身近に沢山あって、その活用も忘れてはいけないと思います。

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