また補助人工心臓VADの話題ですが、先週末に面白い研究会がありましたので紹介します。これまでも紹介していますが、植込み型の永久治療Destination Therapy (DT)と云われているものがあり、ようやく我が国でも開始される日が近づいてきたようです。これが最後ですよ、もう後はないですが3年とか5年の社会復帰をVADで実現しようと言う治療法です。世界では最長8年を越えている人もいます。第1回DT研究会が阪大の澤教授が会長で大阪国際会議場で行われました。参加者は260人という発表がありましたが、会場は満員で熱気がこもっていました。看護師さんとMEの方も結構来られていました。
プログラムを一緒に紹介しますが、特別講演のお一人は米国からのオコーネル先生です。先生はこの分野のリーダー的循環器医で、今は米国のThoratec 社の副社長になっておられます。この会社はHeart Mate-II(HM-II)という植込み型では世界で最も多く使われているデバイスの会社です。HM-IIはDTで唯一米国で保険償還を取っているもので、移植へのブリッジと合わせてこれまで13,000台(最新では21,000で、現在オンゴーイングが8,000例でした)が使われています。講演では移植からVAD、そしてDTへと全体のレビューで、DTが如何に心不全治療のなかで重要な選択肢になっているかのお話でした。
日本の演者は、東京大学心臓外科の小野教授が我が国の植込み型VADが心臓移植のブリッジとして広くいきわたっていて、移植までの長期の待機状態から、DTを行う準備は十分できているというお話でした。もう一方は大阪大学で医療経済の分野の研究をされている田倉先生で、植込み型VADの費用対効果についての講演でした。質調整生存年(Quality Adjusted Life Years) を用いて費用対効果が検討されていて、維持透析などでは我が国では約600万円(1年間の医療費)が境目(1QALY)ということになるそうです。これを越えると費用対効果が悪いと判断できるのかと素人判断をしています。間違っているかも知れませんが。VADとなると米国でも2-3倍、我が国では1Qaly1が1千万円位になるそうですが、薬物治療や入院費、社会復帰による還元、などを考えてどれくらいが適当か検討しながら新たらしい治療の導入が必要とのお話でした。これから日本でDTを始めるとしたら、どのくらいの患者さんにどう医療費をかけるかを検討することが大事という話です。DTはまさに社会復帰が目標でしょうから、この視点で患者さん選択がされるようになるのかも知れません。
我が国のDTについては、関係学会が提案してHM-IIでの治験を始めることで行政(PMDAですが)と話がついたようで、この秋から幾つかの施設(10施設近いのか)始めるようです。適応は基本的に心臓移植と同じ心不全ですが、移植に適しない背景があり後5年くらいはVADでの生存(社会復帰)が望める患者さんとなっています。ここで、年齢制限は設けていません。移植登録ができない65歳以上でDT希望があれば該当するのでしょうが、年齢の上限はないとのことです。ドナーを必要としない医療ですから年齢制限をおくことはそれこそ憲法違反になりかねないわけです。とはいえ80歳にもなるとまず無理でしょうから、せいぜい75歳までではないでしょうか。とすると私が心筋梗塞でひどい心不全となったらあと数年内であれば受けられかもしれません。ただ治験の後の保険償還までは数年かかるので、一般に広まるのは大分先と思います。
さて、この研究会での目玉は、終末期医療の在り方、でした。今から新しい治療法を始めるのに重い話です。脳梗塞で意識が無く寝たきりになった時や腎臓や肝臓が悪くなり回復のめどが無くなったりした時に、人工心臓治療はもう意味がないからといってこれを止める(電気を切る)ことはで現実には出来ないわけです。しかしそういうことを想定して始めに意思確認がいるということでした。また経過中にもこれは変わってくので、適宜本人の意思確認がいるようです。これは終末期医療で使われているアドバンスト・ケアー・プラニング(ACP)の活用が大事と田中弥寿子先生が提案されていました。
あとのない最終治療の選択に際して、本来期待していた結果がもう明らかに得られないとか器械だけに依存する状態は望まない、といった意思表示をしておくことになるのですが、といっていま社会や法律では、器械を止める(人工呼吸器もそうですが)ことで死をもたらすことが明らかであれば、これは出来ないのです。殺人罪になりかねないわけです。いくら本人や家族が許可していてもです。尊厳死が法的に認められていないし、脳死になっても臓器提供がないのなら死亡診断書は書かれない現実があります。DTでも始めから終末期医療、緩和ケアのことも考えて始めないと、そういう事態になってからでは遅いですよ、ということがあって今回のテーマとなったようです。
生命維持に関わる新しい医療が始まるときの課題として終末期医療が取り上げられるようになりました。このブログでも昨年9月に紹介した、日本集中治療医学会、日本循環器学会、そして日本救急医学会の3学会が昨年5月にまとめた「救急・集中医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)」がここでも話題になりました。心不全治療だけでなく高齢者の医療ではこういう視点での対応をチーム医療の一環として実践されていくのかと思った次第です。心臓移植を準備する段階では、精神科医のコンサルテーションが求められましたが、終末期医療という言葉は出てこなかったと思います。20年近く経って医療も変わって来ていることを実感しました。
長くなりましたが、最後に学会が提唱しているDTの適応基準(昨年12月公表)について紹介しておきます。
http://www.jacvas.com/view_dt.html
心臓としては移植が必要(2 年以上の生命予後が期待できない、米国の CMS criteria(注1)を満たす)だが、心臓以外の理由により移植適応とならない成
人症例(18 歳以上)の内、以下の5条件を満たす症例は DT の適応として認める。
INTERMACS profile 3 が望ましい。ただし、profile 1 は除外する。 2. 年齢、腎機能、肝機能については J-HeartMate Risk Score (J-HMRS)で high risk でないこと(注 2)
3. 移植適応とならない他疾患がある場合、専門家によりその疾患による平均余 命が 5 年以上あると判断されること(注 3)
4. 介護人がいること(同居が望ましい)。継続して介護できることが望ましい。 5. 患者及び家族が DT の終末期医療について理解し承諾していること。
ただし以下の条件に当てはまる症例は除外する 1. 慢性透析症例 2. 肝硬変症例 3. 重症感染症 4. 術後右心不全のため退院困難なことが予測される症例 5. 脳障害のためデバイスの自己管理が困難なことが予測される症例 6. その他医師が除外すべきと判断した症例。