2020年6月15日月曜日

 ポストコロナ(With Corona)時代に我が国の医療をどう変革できるか 発想の転換と働き方改革の見直しが必要                           


     

今年に入ってからの中国武漢から始まった新型コロナ感染(Covid-19)のパンデミックは,いまだ世界的には収束の気配もあまり感じられないなか外出禁止措置からの解除が広まってきています. 我が国ではようやく収まりつつあるようですが,クラスターの発生は止まっておらず,個人は感染防御の面でまだまだ注意深い対応が必要でしょう.
最近の新聞の論調ですが,国際経済学者は経済,生活を脅かしていた危機が終息したといえるには3年かかると述べています(毎日新聞520日朝刊).その間,必然的に世界は種々の場面で旧来の考えからの大きな転換が行われるであろうと推測されます.勿論,経済的回復が第一ですが,一方では医療崩壊が生じた医療についてはどうなるのかが我には大きな課題です.ワクチンの開発や感染防御体制の再構築,グルーバルな情報の把握と公開,国際間や種々の格差の問題もあります.わが国ではどうかというと,依然として続く縦割り制度(医療行政)の問題が今回も露呈しています.
さらに,今回の国の危機管理でその弱点が露呈した問題点の多くは既に分かっているにもかかわらず長年改革に手が付けられていなかった医療や医学分野の常識や慣習と思います. これらの検証なしには新たな発展は出てこないと思います. これからどうするか,生活様式をどう変えるか,という視点でいろいろな意見が出てきていますが,思うところを述べさせてもらいます.
なお,ポストコロナというよりウイズコロナ(With Corona)がより適切という風潮ですが,ここでは一応ポストコロナで書いてみます. 改革を実行に移すにはwithです.

病院の機能別に見た集約化
我が国でのCovid-19対応は,基幹病院や大学病院が個々では活躍していますが,一方では民間病院に無理なしわ寄せを強いています.危機発生で高度医療を迅速に集約化できる仕組み造りをどうするか,今回の経験をどう生かすかが問われるでしょう.根強い縦割り行政(厚労省,文科省,地方自治体)の弊害をどうか解消するか,従来から懸案の病院の集約化が改めて問われていると思います.

大学病院の役割
医師不足の中,その役割と効率化を考えた大学病院の在り方を検討する時期であることは明白です.わが国の大学病院の世界から見た多くの不思議の解消はできないでしょうか. 医療収入を上げないと倒れる自転車操業からどう脱皮するのは社会保険制度の問題ですが,中でも問題のある異常に多い外来患者数で. その対応に割かれる医師の負担を大学病院ならではの入院患者診療に向かわせることが今後の改革の出発点と考えます. そこには従来型の数に頼る外来診療は大学病院では不要という発想がまず必要であります.大学病院に若い医師が沢山集まる今の仕組みがいつまで続くのか考えないと進まない話でもあります.

コミュニケーションの効率化
Zoom
といったWebを通した会議が普通になる中で,今回の3密回避を今後も生かすには無駄なことを避ける勇気が必要であります.真っ先に挙げられるのが病棟回診,形式的なカンファではないかでしょうか. 対面での意見交換でしか得られないことをメディア使用カンファや回診にどう盛り込むかが問われます. ハイブリッド方式が進むでしょうが, その中でどう効率的な意見交換と情報共有が出来るか, 医療情報研究の新たな分野になるでしょうし, これから多職種連携をどう進めるかも改めて問われる課題のようです.

資格更新制度をWeb
  この際重要なことは,我々医療従事者が資格(専門医,認定看護師,その他の多くの認定制度)取得における学会やセミナー参加のクレジット制度です. ある学会の年一度の総会には専門医を継続する殆どの会員(多くは勤務医)が強制的に集められます. 2-3時間のセッションの受講証明,学会の参加証明(参加証)が必要だからです. この間,ある特定の専門医(集団)が医療現場からいなくなる社会問題です. この際,この制度こそ改定しないと,というか改定せざるを得ないと思います. 看護の認定看護師制度での6ヵ月の教育施設での研修(座学がメイン)がこれからどうなるか,非常に興味あるところです. 本職の施設から半年間の休職(以前は退職)をもらって,東京等に出かける制度です. これを如何にオンライン化することが関係者の責任でしょう. 米国の認定制度(特に更新)は広き国ですから当然オンラインです. 日本でもそうすることで病院を一斉に休むこともなく休職しないで済むのでは思います. 大きな発想の転換がいるでしょう. リーダーは英断をして欲しいと思います. 学会等の資金集めについてもポストコロナをどうするか,先駆的な取り組みをする学会が現れることを願っています. これまで当然と持っていたいろいろな無駄なことを,この際省こうではないですか.

働き方改革
このテーマが最も大事であり,上記の問題の根底にあると言ってもいいでしょう. 医師で言うと勤務時間の縛りでもってこれを進めるというこれまでのやり方はポストコロナでは通用しないということをまず理解すべきです. 早急な見直しが必要です. 勤務時間を設定することは大事ですが,その目標を達成するためにいかに専門職者の技能を最大限に活用するかが問われています. 産業界ではロボットの参入が出来ますが, 医療界でも当然その道も探るべきです. 今回の対コロナ対応で医療従事者の活動でどういう無駄があったのか,改善できるとことは何か,まずここの整理が不可欠です. そしてそのためにはどうする,ロボット技術は当然ですが,IT技術を更に活用して,医療者の現場での対面的ケアを効率化するか,これまでの研究や技術開発をさらに発展させる時期と思います. 国の研究費補助もこのテーマをしっかり取り入れて欲しいと思います.
この問題は今回の医療危機管理で明らかなように,医師だけでなく殆どの医療従事者に及ぶ問題で,人材不足や機器不足,社会の理解,医療保険制度など,多岐にわたる課題が浮き彫りになっています. 医療者の働き改革はポストコロナの最重要課題ではないでしょうか. ここにはかなりの経済的支援がないと進まないでしょうが,今回の緊急補正予算でどうなっているか,先進的医療機器だけではなく介護まで含めた現場での検証が必要です.

医療とレジリエンス
最近レジリエンスという言葉が注目されていて,特に経済活動を含めた世界的な議論の中で用いられています. 復元力とも言われていますが,NHKでも紹介されています. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200605/k10012457941000.html
この言葉は医療現場の危機管理において言及されるようになっています. 今医療者は,この復元力を平時から如何に維持させるか,またまだ混乱が続く現場での目の前の対応において共通言語的な意味で浸透していくのでは思います. ただ,言葉だけがひとり歩きしては意味が無いので,そこには何が込められているか個々,あるいはグループ,が判断する必要があると思います.
大阪大学附属病院の中島和江教授の言葉で置き換えると, 危機管理において「システム思考で洞察する」「必要な時に境界を越えて協同する」「新たなつながりや価値を創る」「つながりを科学する」という4つのキーワードが提唱されています。ポストコロナでの医療者が持つべき指針であって, 医療システム改革におけるキーワードでもあるでしょう.

以上,ポストコロナ時代において生活様式改革だけでなく,医療の分野での旧態依然とした制度や考え方から脱皮する道を探る絶好の機会ではないでしょうか. まずは新型コロナ危機が過ぎても医療危機(崩壊)は残った,とならないように願いっています.

With Corona時代を乗り切るには,まずは発想の転換とそれを実行に移す復元力の維持が大事と思います. 危機をチャンス, です. この絶好の時期を逃さない, がポストコロナの合い言葉では.
 (注:この原稿の一部は同門の外科学講座の年報にも書いています.

追加:ポストコロナ時代の働き改革については、東邦大名誉教授 小山 信彌教授の記事を紹介します.


2020年5月14日木曜日

新型コロナ感染も収まってきましたが。感染蔓延時の心肺蘇生について


我が国での新型コロナウイルス(Covid-19)感染者数のカーブも漸く下り坂になってきて、今日明日にも非常事態宣言の緩和ないし解除が行われようとしています。感染危機管理でいろいろな課題を抱えたまま収束に向かっていますが、のど元過ぎれば、ではないですが今後の対応が一層注目されます。何が問題であったのか分析と次への対策構想に今から取り組んで欲しいと思います。国家的危機が生じても、一旦収まると関心も薄れ、大事な制度改革を先延ばしにしてしまう国ですから。
PCR検査数も問題ではありますが、検査の少ないことを議論するのはもういいとして、今大事なのはこの目に見えないウイルス感染への国民の正しい理解を求めることだと思います。それが充分でなければ、いくら規制を設けても、自粛という個人の判断に頼るやり方では限界があります。私は大丈夫、世間は怖がりすぎ、自分も家族も関係ない、と言う意見が多い状況では、危機管理に限界があるのは当然で、国民のウイルス感染への啓発が今更ながら重要と思います。どうするかは難しいですが、メディアも政府批判や実況中継的な報道から、ウイルス感染について分かりやすく繰り返し説明することに集中して欲しいと思います。視聴率のことがあるので民放は無理としたら、NHKに頼ることになりますが、一方で医学会や医師会がその啓発にもっと力を入れて欲しいと思います。ウイルス感染症という病気への理解が薄ければ、再燃も充分あり得るでしょう。

さて、New England Journal of Medicine という米国の医学雑誌のCovid-19関連の記事を紹介してきました。この雑誌では毎週Covid-19に関する発表を掲載していて、原文ですがフリーアクセスで見ることが出来ます。今回は、新型コロナパンデミックにおける心肺蘇生(CPR)についての倫理的背景から見た論文、
CPR in the Covid19 era—An Ethical Framework (by Kramer)です。
「新型コロナウイルス感染蔓延時期における心肺蘇生の在り方、倫理的にみた構図」、というものです。

我が国でも院外心停止例への救急隊の蘇生操作の施行(胸骨圧迫、人工呼吸、AEDなど)や救急外来での対応が問題になっています。Covid-19感染疑いがあったらどうするか、医療従事者への感染や院内感染にならないか、PCR検査はどうするか、など医療崩壊になる重要な問題です。実際、CPRで蘇生後に入院し手術や治療をした後に感染が判明した事例も生じています。特に個人防御装置(Personal Protective Equipment, PPT、マスク、手袋、ゴーグル、防御ガウンなど)が備わっていない状況でのCPRや緊急治療は大変悩ましい問題です。心臓外科や心臓カテーテル治療など、生命に関わる場合の緊急治療でも問題で、学会関係(海外からも)の指針も出ていますが、最終決断は現場に任されているのが現状です。以前、このブログで紹介したDNR、終末期医療、に関わる問題でもあり、倫理的な背景の理解が必要となります。
米国と我が国では倫理的な対応も違うので同じにはなりませんが、考え方としては参考になると思います。

さて以下要約です。
背景は米国でも同様で、CPRにまつわる問題は、救急医療の医療リソース(医療資源)不足である。即ち訓練された人材、装備、ICUベッド、などが限られている中で、さらにこの感染症の広がり(医療担当者と施設)を考えると、DNR(蘇生術を受けない)がなければCPRに最善を尽くすという従来の使命は必ずしも受け入れられなくなる。医療従事者の感染と院内感染、必要なICUベッドの確保、の観点から、危機管理における標準規定(crisis standard)が必要である。そしてCPRをしないとするには倫理的な基準が必要である。この論文では主に院内心肺停止例への対応が書かれている。
背景には、院内心肺停止例へのCPRの成果を見ると、約25%しか退院できていないという現実があるも考慮しないといけない。米国の科学・技術・医学に関するアカデミーの危機対応標準規定によると、最も救命の可能性の高い患者をまず助けることが基本とされている。命の選別が起こる。そこには基本的倫理として、公正であること、ケアの義務を尽くすこと、リソースを大事にする、意思決定における透明性の維持、一貫性、調和、そして説明責任、と書かれている。人種や性別、年齢、保険、経済力、などでの差別を避けるには透明性が家族野理解の上で重要である。
このような背景のもと、以下の3つの項目を危機管理におけるCPRの基準として推奨している。
1)  医療資源が逼迫していることを理解すること。そのためには、病院の受け時点でのDNRの確認と共に、CPRはしないという選択も提示するが、一方では科学的根拠に基づいて慎重な判断が必要である。
2)  CPRをしない選択には背景の疾患への考慮が必要であるが、Covid-19を特別な疾患とすることは今の科学的根拠からは推奨されない。しかし、医療資源の制限がある中で最大限の救命者を出すには、以下の場合には蘇生をしないという選択が許容される。それには、人工呼吸器がない、救急治療のベッドがない、また疾患の進行程度が決定的である、などであるが、不整脈のような電気ショックや胸骨圧迫で対応できる場合は除外されるべきである。 これらのことは、院内のcode-team(緊急対応チーム)にも当てはまることである。
3)  医療従事者の安全の確保のためへの配慮は危機管理での標準規定への科学的根拠になる。そのためには、訓練された人材によるPPE使用、経験充分な医療者による気管内挿管、機械的CPR装置の使用があればその使用、をガイドライン等に含める。

纏め的には、米国では一部の施設を除き、危機管理標準規定、を整備していないのが現状である。今後は、倫理的根拠に支えられた明確なcrisis standard が必要であり、そうすることでCPRの従来のプロトコールに準拠することがもはや適切では無くなる場合が出てくるであろう。

   倫理が絡む中々難しいテーマで、訳するのにも苦労したので正確性に欠けるかも知れないのですが、概要は伝えられたのではと思います。我が国では終末期医療のガイドラインも出てきていますが、APCもまだ広く理解されているとは言えない状況です。この感染パンデミックの機会に、心肺蘇生の在り方が更に議論されるのではと思います。標準防御が基本ではありますが、救急患者さんをすべて感染者と見なすには倫理的問題と共に実践するための障壁が高い状況です。それでも、大学病院では手術患者さんの術前検査にCovid-19PCR検査を進めていますが、外科関連学会の要望もあり保険適応も承認されたと聞いています。

最後に、感染症の疑いがある患者さんへのCPRをしないという決断においては、我が国では倫理的考察よりなんと言っても家族対応の難しい状況があります、例えDNRの存在下でも。
今日のNEJMの記事紹介は何かしっくりしない内容でした。
皆様、もう少し辛抱ですね。
 
我が国での新型コロナウイルス(Covid-19)感染者数のカーブも漸く下り坂になってきて、今日明日にも非常事態宣言の緩和ないし解除が行われようとしています。感染危機管理でいろいろな課題を抱えたまま収束に向かっていますが、のど元過ぎれば、ではないですが今後の対応が一層注目されます。何が問題であったのか分析と次への対策構想に今から取り組んで欲しいと思います。国家的危機が生じても、一旦収まると関心も薄れ、大事な制度改革を先延ばしにしてしまう国ですから。

PCR検査数も問題ではありますが、検査の少ないことを議論するのはもういいとして、今大事なのはこの目に見えないウイルス感染への国民の正しい理解を求めることだと思います。それが充分でなければ、いくら規制を設けても、自粛という個人の判断に頼るやり方では限界があります。私は大丈夫、世間は怖がりすぎ、自分も家族も関係ない、と言う意見が多い状況では、危機管理に限界があるのは当然で、国民のウイルス感染への啓発が今更ながら重要と思います。どうするかは難しいですが、メディアも政府批判や実況中継的な報道から、ウイルス感染について分かりやすく繰り返し説明することに集中して欲しいと思います。視聴率のことがあるので民放は無理としたら、NHKに頼ることになりますが、一方で医学会や医師会がその啓発にもっと力を入れて欲しいと思います。ウイルス感染症という病気への理解が薄ければ、再燃も充分あり得るでしょう。

さて、New England Journal of Medicine という米国の医学雑誌のCovid-19関連の記事を紹介してきました。この雑誌では毎週Covid-19に関する発表を掲載していて、原文ですがフリーアクセスで見ることが出来ます。今回は、新型コロナパンデミックにおける心肺蘇生(CPR)についての倫理的背景から見た論文、
CPR in the Covid19 era—An Ethical Framework (by Kramer)です。
「新型コロナウイルス感染蔓延時期における心肺蘇生の在り方、倫理的にみた構図」、というものです。

我が国でも院外心停止例への救急隊の蘇生操作の施行(胸骨圧迫、人工呼吸、AEDなど)や救急外来での対応が問題になっています。Covid-19感染疑いがあったらどうするか、医療従事者への感染や院内感染にならないか、PCR検査はどうするか、など医療崩壊になる重要な問題です。実際、CPRで蘇生後に入院し手術や治療をした後に感染が判明した事例も生じています。特に個人防御装置(Personal Protective Equipment, PPT、マスク、手袋、ゴーグル、防御ガウンなど)が備わっていない状況でのCPRや緊急治療は大変悩ましい問題です。心臓外科や心臓カテーテル治療など、生命に関わる場合の緊急治療でも問題で、学会関係(海外からも)の指針も出ていますが、最終決断は現場に任されているのが現状です。以前、このブログで紹介したDNR、終末期医療、に関わる問題でもあり、倫理的な背景の理解が必要となります。
米国と我が国では倫理的な対応も違うので同じにはなりませんが、考え方としては参考になると思います。

さて以下要約です。
背景は米国でも同様で、CPRにまつわる問題は、救急医療の医療リソース(医療資源)不足である。即ち訓練された人材、装備、ICUベッド、などが限られている中で、さらにこの感染症の広がり(医療担当者と施設)を考えると、DNR(蘇生術を受けない)がなければCPRに最善を尽くすという従来の使命は必ずしも受け入れられなくなる。医療従事者の感染と院内感染、必要なICUベッドの確保、の観点から、危機管理における標準規定(crisis standard)が必要である。そしてCPRをしないとするには倫理的な基準が必要である。この論文では主に院内心肺停止例への対応が書かれている。
背景には、院内心肺停止例へのCPRの成果を見ると、約25%しか退院できていないという現実があるも考慮しないといけない。米国の科学・技術・医学に関するアカデミーの危機対応標準規定によると、最も救命の可能性の高い患者をまず助けることが基本とされている。命の選別が起こる。そこには基本的倫理として、公正であること、ケアの義務を尽くすこと、リソースを大事にする、意思決定における透明性の維持、一貫性、調和、そして説明責任、と書かれている。人種や性別、年齢、保険、経済力、などでの差別を避けるには透明性が家族野理解の上で重要である。
このような背景のもと、以下の3つの項目を危機管理におけるCPRの基準として推奨している。
1)  医療資源が逼迫していることを理解すること。そのためには、病院の受け時点でのDNRの確認と共に、CPRはしないという選択も提示するが、一方では科学的根拠に基づいて慎重な判断が必要である。
2)  CPRをしない選択には背景の疾患への考慮が必要であるが、Covid-19を特別な疾患とすることは今の科学的根拠からは推奨されない。しかし、医療資源の制限がある中で最大限の救命者を出すには、以下の場合には蘇生をしないという選択が許容される。それには、人工呼吸器がない、救急治療のベッドがない、また疾患の進行程度が決定的である、などであるが、不整脈のような電気ショックや胸骨圧迫で対応できる場合は除外されるべきである。 これらのことは、院内のcode-team(緊急対応チーム)にも当てはまることである。
3)  医療従事者の安全の確保のためへの配慮は危機管理での標準規定への科学的根拠になる。そのためには、訓練された人材によるPPE使用、経験充分な医療者による気管内挿管、機械的CPR装置の使用があればその使用、をガイドライン等に含める。

纏め的には、米国では一部の施設を除き、危機管理標準規定、を整備していないのが現状である。今後は、倫理的根拠に支えられた明確なcrisis standard が必要であり、そうすることでCPRの従来のプロトコールに準拠することがもはや適切では無くなる場合が出てくるであろう。

   倫理が絡む中々難しいテーマで、訳するのにも苦労したので正確性に欠けるかも知れないのですが、概要は伝えられたのではと思います。我が国では終末期医療のガイドラインも出てきていますが、APCもまだ広く理解されているとは言えない状況です。この感染パンデミックの機会に、心肺蘇生の在り方が更に議論されるのではと思います。標準防御が基本ではありますが、救急患者さんをすべて感染者と見なすには倫理的問題と共に実践するための障壁が高い状況です。それでも、大学病院では手術患者さんの術前検査にCovid-19PCR検査を進めていますが、外科関連学会の要望もあり保険適応も承認されたと聞いています。

最後に、感染症の疑いがある患者さんへのCPRをしないという決断においては、我が国では倫理的考察よりなんと言っても家族対応の難しい状況があります、例えDNRの存在下でも。
今日のNEJMの記事紹介は何かしっくりしない内容でした。
皆様、もう少し辛抱ですね。

論文:


2020年4月15日水曜日

新型コロナウイルス感染患者のケアの課題 米国からの報告



コロナ感染の話が続きます。

医学系の超一流雑誌、New England Journalでは毎週Covid-19に関する貴重な報告が続いている。41日号ではEditorialですが、このパンデミックカーブを10週間で潰せ(平坦化ではなくクラッシュさせる)、というもので、そのための6つのことが提案されている。わが国の関係者に是非読んでほしい論文である。

 Ten Weeks to Crush the Curve. 
   Harvey V. Fineberg, M.D., Ph.D.

そのための6つのstepが書かれています。米国の話ですが日本も同じです。
  1)大統領を補佐する統合指揮官に最大の力を与えること。
  2)次の2週間で。100万件の検査ができるようにする。
3)医療従事者にPPE(個人用防御装置や器具)を充分支給する。
4)症状やリスク分析で5つの群分けをして対応する。
  5)国民とともに戦う(inspire and mobilize the public)
  6)実行しながらこのウイルス感染の基本となる研究を進める。


今回紹介したいのは下記の投稿です。

「一人だけで死なない  
Covid-19パンデミックにおける最新の心のこもったケア」

Not Dying alone, Modern Compassionate Care in the Covid-19 Pandemic
NEJM  2020. 414日号  By GK Wakamu, MD

米国デトロイトの市中病院の外科のレジデントから1例報告。
ICUの5時間勤務交代体制で受け持ったCovid-19感染患者が、人工呼吸器治療でもガス交換が悪く呼吸性アシドーシスと低酸素血症で末期的な状態となった。ECMOは適応外というか病院の使用は拒否され、もう後の治療はなく、死亡するのは時間の問題となっている。その患者の奥さんとは電話のみで状態を報告しているが、面会は病院の方針で出来ない。死期が近づいても面会は無理である。それはCovid-19患者を受けている病院の方針である。奥さんも感染の可能性もあることや、なくても病院に来ることで新たに感染するかもしれない。普段は死期が迫ったら、家族が来るまで何とか持たせて、お別れをさせてあげるのが役割であるが、今回の状況は深刻である。電話で幾ら説明しても、奥さんに面会できないことを理解してもらうことは困難で、最初は怒り、次は司法に訴える、そして歎願、最後は‘5分でいいから会わせて下さい、そしてすぐ去りますから“という交渉という悲嘆のサイクルが始まる。
PPE(個人防護装置)は医療者用でさえ不足しているから、面会家族に使うことは到底出来ない話である。何とか出来ないかと、スマフォを預かって写真を送ることも考えられるが、これも安全性や個人情報とか、誰がするかとかで許可されない。そうこうしているうちにCode-Blueで呼ばれ、患者は心停止。蘇生を90分続けた後(個人としては信じられない)でも心拍動はなく、重苦しい気分で死亡宣告をした。
この間、看護師の一人は病院の廊下で奥さん2説明していて、死亡したことも伝えた。そして、その看護師がスマフォのFaceTimeを使って旦那さんの写真を送ったが、苦しんでいた顔を見て返って悲しみ賀増して悲嘆の悲鳴を上げることになった。私は後をまかせて他の患者の治療のために部屋を後にした。
我々レジデントは市中病院のICU(ここは米国でのCovid-19発生、震源地、病院の一つ)での数週間の勤務で、皆がこのような同じ経験をしている。この3週間で見た死亡はこれまで研修期間で見た数を超えている。このことはますます多くなるであろうが、これまで診療指針等で示されていない、患者さんの心に寄り添い、患者中心の医療から離れた未知の分野である。
今回の感染蔓延では、家族が患者の手を握りハグすることは不可能である。しかし、我々は米国のヘルスケア制度が今後より良くなると信じている。テレヘルス、バーチャルミーティング、が普通になるのではないか。隔離された患者と家族が遠隔面会できる様になるのでは。例えばタブレットを使ってビデオチャットなどである。コミュニケーションツールの開発でこのような不本意な状態を改善し、患者やその家族の安全を担保しながら、何らかの方法で患者と家族の結び付きを可能にする新たな仕組みを作って行けるのではないか。

わが国でもCovid-19で亡くなられた方の家族が遺体との面会も出ないことや、火葬も立ち会えない、ということが報じられています。
わが国でも亡くなられる患者さんが増えつつあります。ICUでは同じようなことが起こっているのでしょうか。このウイルス感染のもたらしていることの一端というより、本質を物語っているような報告と思って紹介しました。和訳には一部不正確なところがあることをお断りします。




2020年4月10日金曜日

新型コロナウイルスと臓器移植



 わが国のCOVID-19の感染拡大は止まることなく、都市部だけでなく地方でも患者数は急速に増加しています。7都道府県対象に非常事態宣言が昨日公示されました。これまでもそうですが、すべて遅くまた中途半端で、政府の無責任さには驚くほどです。国民の命と経済のどちらを大事にしているか、国のリーダーは何を考えているのか疑問に思わざるを得ません。兵庫県も日増しに感染者数が増えていっています。一般病院については、COVID-19対応は基幹病院にまかせて、置き去りにされる危険がある一般患者への対応を担うわけですが、一般患者や医療者で感染が出ると、まず感染者への接触医療者は2週間の自宅待機になり医療施設としての機能は大きく妨げられるのは明らかです。医療崩壊を防げと大きな声が上がっていますが、わが国では中小規模の病院が非常に多いという構造がこのような危機状態でその弱さが露呈しています。集約化が出来ていないから、医師も看護師も分散してしまい個々の現場で不足してしまうわけです。これは今言ってもどうしようもないわけですが、PCR検査体制を抜本的に強化することでこの問題は少し改善するのではと思います。PCRをやたら行うのは弊害が大きいとする意見はもう通じない状況といっていいでしょう。

さて、このCOVID-19の移植医療に及ぼす影響は深刻で、世界の臓器移植、幹細胞移植(骨髄移植)の学術団体は積極的にメッセージを出しています。それは、移植を受けた方は免疫抑制療法下であり感染リスクが高く肺炎になれば致命的であること、移植待機患者は臓器不全で抵抗力が落ちていてウイルス感染にかかると重篤になること、であります。さらに深刻なことは、臓器提供側にも影響が及ぶことです。即ち移植希望者への移植の機会が減ること、が危惧されます。このドナー側(提供側)の問題は二つあって、一つはドナーがCOVIDF-19に感染していないことを確認しないといけないこと、もう一つは臓器提供の主な役割を果たす救急医療施設がCOVID-19対応で忙殺されていて通常であれば行える臓器提供へのステップへの選択肢が下がること、であります。脳死での臓器提供の可能性があっても、このような普段とは異なる状況が生じることで、提供に至らないケースが増えるのではないかと危惧されます。

臓器または造血幹細胞の提供候補者へについてのCOVID-19感染について、厚労省から202035日付けで通知が出ています。もともと提供者についてはウイルス感染有無の検査が法律で義務付けられ、ウイルスによっては陽性ならば候補除外になっていますが、この度COVID-19も対象に加えられたということです。疑いがあれば情報収集(検査)を強化し、疑いとする要件に該当すれば移植に用いない、という通知です。先般、著名な芸能人がこの肺炎で死亡された時に、遺族が遺体に会えなかったことから、この状況の深刻さが窺われます。

実際、臓器提供がどうなっているかを日本臓器移植ネットワークのHPで調べますと、今年になってからの脳死での臓器提供数は、17件、29件と、昨年と同様に増えている状況が分かりますが、3月は4件、4月は現在まで1件と、まだ分かりませんが提供が減っているのでは思われます。移植待機中の患者さんにとって、ご自身が移植を受けられる猶予時間が刻々と短くなっているなかで、今の状況は本当に辛いと思います。何とか早く収束して、臓器移植がまた元の状態戻ってくれえることを切に願うばかりです。