2016年3月31日木曜日

成人先天性心疾患への心臓移植


 今日で3月も終わりで、明日から新年度です。世の中は時代の変換点にあったり、人では新旧交代も多いのですが、自分自身では28年度は何か新たに目標があるわけでもなく、何となく新年度が始まるという雰囲気です。後期高齢者群に入るので健康に気をつけないといけませんし、27年度は振り返ると体の故障に明け暮れた年であったので、まずは健康維持を目指す、というところです。高齢者の医療費増に加担しないようにしたいです。
今日の新聞で、成人の先天性心臓病の方への心臓移植が行われたことが報じられています。国立循環器病研究センターで50歳代の先天性心疾患の患者さんに心臓移植手術が成功裏に行われたということです。この成功に心より敬意を表します。この後の経過が良いことを願っています。さて、記事にはこのような患者さんへの心臓移植は我が國では大変まれ、と書かれています。実は私が阪大で心臓移植を担当した時の一人が、この成人先天性心疾患でした。心臓が右側にあったりする複雑な解剖で移植術に苦労をしました。手術は無事終わったのですが、4ヶ月後に感染症などで亡くなりました。ということで学術的にきちんと報告していなかったものです。私が退職後も長らく報告がされないまま放置されていたのですが、私の責任もあって昨年に症例報告をまとめました。長期生存例ではないのですが、その概要を紹介する意味があると思ったからです。この症例報告の1ページ目だけ紹介でお許し下さい。今後増えてくるこのような症例の心臓移植に何か役立てれば有り難いです。

桜もどんどん咲き出して、この週末は関西も満開近くなるでしょう。健やかな春の到来です。冒頭の話しと異なりますが、明日から心機一転、また何か挑戦して行きたいです。近場の桜も紹介します。


2016年3月14日月曜日

人工知能が囲碁でも世界一を破る

 奈良では東大寺二月堂のお水取りも済んで、いよいよ春到来ということですがここ数日は寒波の再来で道行く人もマフラーが放せないようです。私は例年ではこの頃では雪上での日が2週間近くなるのですが、今年は暖冬と言うより私の体の事情でまともにスキーで滑ったのは2-3日と異常なシーズンでした。ただ、先週は役員をしている全関西学生スキー選手権大会で野沢温泉におりましたが(4日から9日)、雪不足でアルペン会場が変更になったり、強風で一部中止になったりしましたが、対校戦も無事終了したことで地元の方々に感謝しながら帰ってきました。この関西学生スキー選手権大会は今年で86回にもなる長い伝統がありますが、最近は関西(西日本といってもいいですが)の大学で体育会に入って競技スキーをする学生も少なくなりました。とはいえ何とか400名ほどの登録選手も確保でき大会も盛り上がりました。
3月に入ってこのブログのアップが出来なかったのは上記のせいもありますが、最近はなかなかテーマを見つけるのが難しくなっているのが現実です。そう考えている中で、面白いニュース、がありました。面白いというか凄いことと言った方がいいでしょう。人工知能(AI)が囲碁でも世界一の棋士を連破したといニュースです。新聞では一面トップ扱いで、まさに人工知能が人間の思考能力を越えた日でもあります。深層学習(Deep Learning)という科学的手法がスーパーコンピューターと連携して、新たな人工知能の世界が現れていることに驚きます。
さて、誰も考えますが「AIは医療にも入ってくるのか?」ということです。当然入ってくるでしょうし、従来のコンピューター医学や医療情報の世界が変わると思います。究極は、ロボットとAIの連携で医師は必要なくなるのか、ということです。どれだけお金をかけるのかにもよりますが、流れはそういう方向に向くでしょう。医療とコンピューターは私の学生時代に既に内科のある教授がその将来性を指摘し、診断コンピューターについては神経疾患の診断ではすぐにも出来るような話しでした。50年経ちましたが医師に変わるIT技術の普及は実現していません。しかし、今のAIの登場では話しが違うようです。以下、私なりに20-30年後の医療現場を想像してみます。

1.    総合診療の診察室では初診患者さんが来るとまずロボットが主訴や症状、既往歴、簡単なバイタルサインをとります。その後で診察医(あるいは専門ナース)が登場して確認した後、検査を進め、総合判断もまずロボット(AI)が出して、専門医が確認して患者さんに説明、という流れになる。
2.    癌のような複数の選択肢がある場合、医学的根拠からその患者さんの最適の治療と予後が即座に出てきて、医師は質問へ回答や説明の補助を行う。
3.    癌に限らず神経変性疾患や腎疾患、糖尿病、高血圧、など、診断から最適治療法の選択までは格好の対象となる。
4.    診断から治療法の選択まではいいが、治療となるとどうか。特に外科的な領域はどうなるか。ロボット手術はAIほどは進歩しないと思うが、読み違えになるかもしれない。眼科、耳鼻科、整形外科、脳外科、など沢山の外科系技術、内科でも内視鏡治療やカテーテル治療は人が関わらないと出来ない技術で在り続けるのか。

こうなると診断面でのIT化(AIの前段階)が進むと、医学教育はどうなるのか。自分で触って、自分で検査所見から診断し、治療を進める、という基本のトレーニングは今と同じようにしておかないと、とんでもないことになるのでは。AI機器の端末が地域医療の現場にくまなく配置されるのか。医師不足の地区はその恩恵をより受けるのか。そして医師の裁量は何か、となってくる。また、医学教育は今のまま6年で続くのかも興味がある。学生が全ての知識を頭に入れて置く必要があるのか。とはいえ、iPadの様なものが眼鏡に組み込まれていて患者さんに対応する姿は想像したくない。AI技術をどう活用し、費用対効果(医療経済)を高めるかも問われてくる。心のこもった医療はロボットでは出来ないがAIは出来るのか。

少なくとも言えるのは、医師過剰の時代になるであろう。今の半分で十分でと言う時代が到来するであろう。一方でAI医療を補助する専門の看護師や新たな職種は増やすことになる。医師が必要なのは過疎地や在宅医療、遠隔医療ではなかろうか。外科系も今のままの数が必要とは思えない。ITAI技術が進めるなかで、医学部の定員は徐々に減らされていくのではないか。勿論、お金の掛かることであり、Google社のソフトが日本の医療を席巻するようになれば大変である。この世界では日本は遅れているやに報道されているのが懸念される。AI導入は医療費削減になるのか? 医師の数を減らせばいい、といったことになるのかもしれない。何か恐ろしい話でもある。現実的にはAIというより従来のIT医療がまず必要で、これを進めるのが先決であると思う。こういう発想がそもそも古くなるのかもしれない。ここでも発想の転換が大事であり、ダーウインの言う、変わることが出来るものが生き残る、ということを思い出した。

ということで、AIの登場で医療はどうなるのか、想像をたくましくして好きなことを言わせてもらったが、年寄りよりも若い人が考える大事なことになってくるのは間違いないであろう。

写真は野沢温泉スキー場での関西学生大会最終日の写真。母校の阪大チームの一部残留をOBとともに喜んでいるところです。FBからの転用です。



3月28日のネットニュースで(読売新聞かったのきじでしょうか)、AIの診療での応用が自治医科大で開発されたと言う記事がありました。やはり総合診療分野での取り組みです。
 

  人工知能で診療サポート、自治医大などが開発

2016年2月26日金曜日

小児からの臓器提供

昨日から6歳未満の子供さんの脳死での臓器提供が報じられています。6歳未満では5例目ということですが、インフルエンザ脳症から脳死になった子供さんでした。今大流行しているインフルエンザでもあり、この病気からの臓器提供は初めてということでニュースになっています。大事なのは、ご両親が娘さんの脳死を受け入れ臓器提供に至った心の悩みというか苦しみの言葉を公表されたことです。そこには子供さんに話しかけるというスタイルで書かれていて読む人の心を打ちます。6歳未満の最初の提供の富山地方のご両親の方もその気持ちを公表されていますが、こういうご家族の臓器提供にかけたお気持ちは社会が理解し共有して欲しいしと思いますし、今回のようにメディアが取り上げる姿勢も大事でしょう。また、その陰には臓器移植ネットワークの方々の苦労と配慮があったことも知るべきでしょう。そしてこういう臓器移植での現場からの貴重なメセージをひと時のニュースや移植領域で紹介するだけでなく、広く社会が共有していくために、小学校や中学校の教科書に是非掲載して欲しいと思います。
今回、心臓は医学的理由で提供されませんでしたが、肝臓と肺は子供さんに移植されました。その子供さんのご家族もそうですが提供のご家族の許可も出れば、移植を受けられた子供さんが退院するときは、病院のチームの顔だけではなく、是非とも元気になった子供さんの姿を、後ろ姿ではなく、見せて頂きたく思います。このテーマは以前にも書かせてもらっていましたが、双方のご家族の意思が尊重され優先されることであります。この前のように行政側がとやかく言うことはないようにして頂きたいと思います。また、提供のご家族の気持ちを大事にし、そして移植を受けた子供さんを温かく見守る、というスタンスを社会もメディア側もとって欲しいと思います。基本は、そっとしておいて下さい、という富山でのご両親のお気持ちが全てですが、元気になった子供さんの姿を社会が知ることで臓器提供が広まれば、皆さんが納得する話しではないでしょうか。
以下、新聞等で紹介されている文章を紹介します。

Aちゃんが体調を崩してからお父さんとお母さん辛くてね。毎日毎日神様にお願いしました。目に見える物全てに、お山に行ってお願いして、川が見えればお願いして、海に向かっても…いろいろ神社なんかも夜中に行ってお願いしました。最後には落ちている石ころさんたちにもお願いしたんだよ。でもね、どうしてもAちゃんとお父さんを入れ替えることはできないんだって。もう目を覚ますことはできないんだって。もう長くは一緒にいられないんだって。お父さんとお母さんは辛くて辛くて、寂しくて寂しくて泣いてばかりいたけれど、そんな時に先生からの説明でAちゃんが今のお父さんやお母さんみたいに涙にくれて生きる希望を失っている人の、臓器提供を受けなければ生きていけない人の希望になれることを知りました。
  どうだろう?Aちゃんはどう思う?いやかな?お父さんやお母さんは悩んだ末、Aちゃんの臓器を困っている人に提供することを決めました。もしいやだったらゴメンね。お父さんもお母さんも臓器を必要としている人がたくさんいて、その人を見守る人たちがどんなにか辛く苦しい思いをしているか知っています。もしその人たちにAちゃんが役に立てるなら、それは素晴らしいことだと思ったんだよ。一人でも人の命を救う。心を救う。ってすごく難しいことでお父さんもできるかわからない。だけど、とても素晴らしく、尊いことなんだよ。もしAちゃんが人を救うことができたり、その周りの皆さんの希望になれるとしたら、そんなにも素晴らしいことはないと思ったの。こんなにも誇らしいことはないと思ったの。Aちゃんが生きた証じゃないかって思ったの。今のお父さん、お母さんみたいに苦しんでいる人が一人でも笑顔になってくれればどんなに素晴らしいだろうと思ったの。そして、その笑顔はお父さんやお母さんの生きる勇気にもなるんだよ。
   いつも周りのみんなを笑顔にしてくれたAちゃんだから、きっとまた世界の笑顔を増やしてくれるよね?命は繋ぐもの。お父さんとお母さんがAちゃんに繋いだようにAちゃんも困っている人に命をつないでくれるかな?願わくば、お父さんとお母さんがAちゃんにそうしたように、AちゃんもAちゃんが繋いだその命にありったけの愛を天国から注いでくれると嬉しいな。                    お父さんより

 
        お母さんをもう一度抱きしめてそして笑顔を見せて             お母さんより



2016年2月23日火曜日

脳死臓器移植の課題は何か

 2月も後半に入りましたが関西でもまだ寒い日が続いています。さて今月は投稿がまだ1件止まりですので、何とかしないといけません。今年に入って学会も幾つかありました。全国学会では、1月の成人先天性心疾患学会(大阪)、2月は日本心臓血管外科学会(名古屋)、がありましたが、何か話題性に乏しくてこのブログに挙げるまで至っていません。とはいえ、名古屋では海外招請講演の一つの、米国での心臓血管外科シミュレーショントレーニングについての講演の司会をさせてもらっています。この話は後日に回して、今日は臓器移植の話にします。またか、という方もおられるかもしれませんがお許しください。
脳死での臓器提供数は平成227月の法改正後、それまでの年10件程度からここ数年は50件近くまで増えていることはよく知られていると思います。昨年は58件とその前の51件より増えてきています。心臓移植もやっと年間40例を超えるようになりました。とはいえ、小児心臓移植では厳しいドナー不足が続き、渡航移植を目指した募金活動が今も行われ、ニュースでも紹介されています。脳死での臓器移植を我が国で定着させ医療として受け入れられるには少なくとも今の2倍(年間100件)は必要であり、望むべくは年間200件でしょう。心臓移植希望者は毎年新たに100人以上が登録され、現在400人以上が待機しています。年間40例では10年かかる計算です。植込み型補助人工心臓が登場して、年間の植込み数は昨年では140例とも言われています。このギャップはどうしたらいいか、明白でしょう。再生医療への期待もありますが、かといって脳死移植を過去のものにしていくほど現実的ではありません。
さて、脳死での臓器提供がどういう状況であるのかはなかなか情報がありません。日本臓器移植ネットワークのHPでは実数とともにかなりリアルタイムの提供例が公表されています。啓発活動も行われています。しかし、その陰と言いますか何が問題かは見えてきません。論点整理ということでは時々新聞等での調査記事があり、家族の同意が得にくい現状も指摘されていますが、継続的ではありません。そういう意味では行政の役割も大事です。厚労省には臓器移植対策室があって、法律が出来て以来、毎年現状の報告がなされ、また何年かに一度ですが詳しい分析も関連委員会で示されています。私もかってその委員会(臓器移植委員会)に参加していましたが、この委員会も現在は年1回開かれるかどうかという状況のようで、外に出される資料は限られています。
厚労省は年1回ですが国会の厚生労働委員会で臓器移植の実施状況等に関する報告が功労大臣により行われ、その報告者が厚労省のHPに出ています。ただ、これも型どおりの実施状況であり、表に出ている数であります。啓発活動にはこれだけ頑張っているということも記されていますが、分析的なことは何もありません。臓器提供の現実的な課題を審議する場は臓器移植では最も大事な委員会である健康局疾病対策課開催の厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会でしょう。私も長らく参加し、多難なスタートとその後の展開に向けて重要な議論と決定がなされて来ました。最近は年に1-2回程度しか開催されていないのですが、ここでの議論や提示資料をHPで見ることが出来ます。第42回の議事禄を含めこれまでの議事録や資料が閲覧できます。http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei.html?tid=127745
ここ何回かの議論は、提供施設の負担軽減がメインのようです。これは大事なテーマであり、移植関係の学会等で要望していることであり少しずつ進展があり、その努力は評価されるでしょう。しかし、ドナーコーデイネ-ターの実情は触れられていません。言い換えれば、課題は何かという詳細な分析を示す資料は見えてきません。例えば、ネットワークにコーデイネーターの来院の依頼があったのが幾らあって、その転帰はどうなのか。提供に至らなかった理由は何か、等の改善すべき原点の課題の提示がありません。これは何処がやるのか、ネットワークなのか、対策室なのか、はっきりすべきではないでしょうか。
要は、臓器提供に関わる課題についての継続的な分析とそれに対する取り組み(啓発だけでなくです)が社会で共有できていないと思われます。関係者の努力が少ないとは決して言いませんが、焦点を絞って議論し、具体的改善策を出す、ということにもっと絞るべきではないでしょうか。その一つがドナーコーデイネ-ターの育成と充実です。増やそうにも人材が集まらないとすればその背景や理由は何かです。関係者はお分かりのことでしょうが、この課題は共有されているのでしょうか。提供に至った表の数ではなく、その基となるドーネーションの実態の詳しい分析を半年ごとでも公表すべきでしょう。

下の図は昨年までの脳死での臓器提供と心臓移植の推移です。

 

2016年2月6日土曜日

再生医療と産業化


 もう今年も2月に入り、一昨日は立春、厳しい寒さもやや緩んできたようです。今回は読売新聞の131日付けで出された大阪本社からの提言に絡んで、表記の再生医療と産業化についてコメントしたいと思います。

タイトルは、「地方回帰へ文化力生かせ読売新聞大阪本社提言」で、人口減少、東京一極化、などのなかで関西の復権を何とかしようということで、有識者組織「関西よみうり懇話会」の「地方の未来を考える委員会」で交わされた議論を踏まえ、専門記者らによる研究会で地域再生方策を探ってきた、ということです(記事)。5つの柱があり、私が注目したのは「大学を活性化の拠点にせよ、1iPS細胞の産業化を急げ」である。説明では、産学連携で企業や研究機関の連携を強め、イノベーション(革新)を起こし、なかでもJR大阪駅北の再開発地域「うめきた」2期地区に産学の橋渡し機能を備えた公的機関を誘致し、研究成果の事業化を支える拠点を整えたい、とあります。

この背景には、京都大学の山中教授率いるiPS細胞研究所の存在が大きく、さらに再生医療への応用を進める神戸や大阪での活動もあり、関西の大学は学術のみでなく産業という面でも日本の牽引役を果たし、関西復権のキーになる、という筋書きである。iPS細胞の産業化に向けた研究開発が急がれるとし、起業家精神を養う教育プログラムを充実させて大学発ベンチャーを増やしていくほか、導入が進む「地域学」に地域支援活動を組み込み、地域の担い手を育てる役割も求められよう、と書かれている。

私の言いたいことは、提言で言う大学発べンチャーの育成や再生医療研究の産業化は、果たして大学の頑張りだけで出来るのか、ということである。確かに再生医療新法で臨床治験への道が近くなり、保険診療への取り入れによる研究成果の産業化が促進されようとしてきている。そういうなかで、大学も多額の国や他の競争的資金を集めて拠点化してきている。大学の活性化は地域振興に繋がる、ということから、大学にはっぱをかけている。

再生医療と産業化については先に豪州メルボルンでの展開について紹介しそこでも触れたことであるが、例えばiPS細胞の培養については幾つかのベンチャーが企業として参加し、国際的に活動している。その背景に、財政的優遇措置があることは先に指摘した。我が国は確かに先駆的研究推移には多額の研究費を投入してきているが、産業化については具体的にどういう課題があり、いかなる施策が求められるか、という視点での議論が少ないのではないか。

新聞社の提言も結構であるが、大学に頑張れというからにはそこに潜在する我が国特有の課題の分析や海外での実態のレビューが欲しい。それがないと、せっかくの提言が打ち上げ花火になるのではないか。海外での(特に豪州や東南アジア)ベンチャー企業への税制優遇措置はどうなのか、規制緩和策は、といったことである。かかることは、既に国が(経財産業省)が海外事情の調査をしているはずであり、知る人は知っていることである。そこを乗り越えて前に行くには、国や地方行政は何をすべきかの具体的提案が出てきてほしい、というのが私の感想である。新聞社の役割は提言までで、後は大学や行政がすることです、ということなのか。

先端的医学研究の産業化には、国の医療制度そのものも関係してくる。国民皆保険制度と先進医療の推移とは拮抗するところもある。革新的医療が産業化に結びつけられたら、最終的に病気が減り医療費が抑えられる、というシナリオがいつ実現するのか。

何れにせよ、再生医療の産業化はまさに今始まろうとしていて関西が牽引していることは素晴らしいことである。
 
 読売新聞の記事)(1月3日関西版朝刊1面)の一部を紹介します(勝手に使っていますが)
 

2016年1月28日木曜日

症例カンファレンス

 私の現在の楽しみは病院での症例カンファレンスといっても良いでしょう。カンファレンスには、外科系では大きく分けて、術前と術後カンファレンスになります。術前はその週の予定手術の症例についての検討で、病歴から始まって診断、そして計画している手術術式が主治医から提示される。それに対して、診断が適切か、糖尿病や脳血管障害や肝腎機能異常などの副病変はないか、あればどういう影響があるか、そして計画された術式の妥当性が議論される。手術危険率の把握、術中と術後の課題と作戦など他職種を交えてまとめていく。本人の背景や家族支援、麻酔医からのコメントも大事である。また認知症気味とか、自力で歩けるか、など普段の生活様式の把握も重要である。リハビリテーションスタッフや看護部からの意見も大事であり、高齢者が多くなると医学的なことだけでは決められない。緊急手術は予定のカンファレンスには出す余裕がなく、循環器内科との連携もとりながら心臓外科責任医師の判断決められる。
一方術後カンファレンスは心臓外科医にとってより重みがある。診断に問題がなく、予定の手術が出来たのか、手術の工夫は、時間などスムースに進んだのか、出血は、術後の心機能は、意識は順調に覚めたのか、合併症は起こらなかったのか、などが検討事項になる。一例ごとに全て事細かくはやらないで要点を絞って議論が進む。外科医と麻酔科医、MEグループ、ICUスタッフ、そしてリハビリの意見も出てくるようにしている。放射線部門は画像診断の画像を適切に提示してくれる空大変ありがたい。弁形成では心臓超音波診断についても議論が出る。術後では、手術の細かいところはビデオがあればいいが、大学病院と違うのでシェーマでの検討となる。多くは定型的な手術であり、主に術後経過が主になる。合併症がなくICUを出たなら、当然ではあるがほっとする時でもある。たまに新しい試みもあり、そういうときは文献の一つも紹介してもらって、学会発表にしようと言うことになれば上出来である。術後検討は心臓外科に限らず、外科医にとって個人の修練と共に組織としての医療の質の担保のうえでないがしろには出来ない。これらをいい加減に済ましている所は問題である。 新たな専門医制度の施設認定やサイトビジットで調査の対象となる。合併症に限ると、MMカンファというものがあり、月一くらいに行われるが、合併症(morbidity)と死亡例(mortality)の検討であり、病院の質の担保のためには不可欠のものであるが、我が国ではあまり定着していない。ただこれも型どおりではなく、問題症例は個別に行われるべきである。
私の立場は、術前では手術術式の選択においてどういう理論武装が出来ているか、第二選択は何か、過度の侵襲にならないか、脳梗塞などの合併症を如何にして防ぐか、などで気のついた所を選んで議論のきっかけを作っている。何故その手術が最優先か、危険率の把握は適切か、コメディカルの意見は、といった風にモデレーター役を買って出ている。いろんな意見を他職種から引き出そうと、色々振ってみることも大事である。何か次の臨床で役立つことや改善点がないか、皆で考えよう、という所である。
術後検討ではその症例の中に何か今後の参考になる、あるいは新たな展開になるものが含まれていないか、という視点で見るようにしている。外科領域では、普段の臨床現場に研究のきっかっけになる沢山の卵が隠れていてそれを探し出すことに面白みがある。大学でも症例検討は医局の大事な行事で、若い医師のみならず中堅医師の修練の場でもある。教授以外の上級医師からの意見も活発であり、受け持ちは数日前から準備しているが、いい加減では済まされない。一般病院でも症例カンファレンスは外科の臨床現場では大変重要な役割がある。大学病院時代を思い出しながら若手の指導をしているつもりではあるが、診断や治療法の選択では時代が変わっていることもあり、一人芝居になってしまうこともある。ほどほどにと思いながら自分自身の頭のトレーニングもかねて、若干嫌がられ(?)ながらも続けている。

研修医や若手の外科医に症例カンファの要点として伝えたいことを挙げてみる。
  症例発表は一回きりでやり無しが効かない真剣勝負である。準備が大事。
  問題点を見逃さず、重要なものから整理して議論の対象とする。
  手術術式は自分なりにその意義と問題点を理解し、第二選択にも意見が出来るようにする。出来れば最近の文献も読んで臨む。
  定型的な症例や手術でも何か面白い所はないか、何か工夫は出来ないか、という視点を習慣付ける。
  コメディカルは大事な仲間であり、分かり易い提示をして意見が出やすいようにする。
  珍しい症例は、文献的な考察を手術前に済ませ、症例報告は術後すぐに書けるように準備して手術に臨む(手術後にゆっくり調べて、は遅い)

毎回ではなくても臨機応変に対応して続けて欲しい。


等、大学時代を思い出しながらカンファレンスを楽しんでいます。

2016年1月23日土曜日

大寒波

年が明けても本州は暖冬が続いてスキー場はどこも雪不足が続いていましたが、やっと寒波が訪れて各地のスキー場はこの週末は賑わいを見せるのではないでしょうか。とはいえ、先週来の大雪や強風で関東地方は大変で、首都圏での交通マヒのニュースは驚きでもありました。センター試験も先般済みましたが、この時期はいつも寒波襲来で受験生も実施側も気を遣います。センター入試に関わらなくなってもう3年目ですが、相変わらず小さなミス(受験生にとっては小さくないのですが)とか器具の不具合とか細かく報道しています。こういうニュース配信の心は何なのか、メデイアの理解できない一面です。また、センター試験のリスニングほど意味の分からない、時代錯誤の試験もないとかねて思っていますが、試験のやり方もそろそろ変わるようです。
関東の大雪による交通マヒでは、首都圏で朝から電車待ちの長い行列ができ、駅のプラットフォームは人で溢れて事故寸前という感じでした。将棋倒しになったり、人が押されて線路に落ちる、といったことがよく起こらなかったと不思議なくらいです。前日から大雪で荒れ、交通にも支障が出るという注意予報がなされているのに、皆さんはとにかく会社に行くのです。行けるかどうかわからなくても、まずは家を出るのです。自宅待機が出来ない我が国の面白い状況です。海外から見たら日本人はなんて勤勉で真面目なのかと、皮肉交じりで言われていると思います。企業の方からは、そんな甘い考えでは競争に負ける、という声が聞こえて来そうですが。どこから思い切って声を上げないと進まないのかも知れません。大企業はゆとりがあるから出来るが、中小企業や役所は無理です、ということなのでしょう。
新聞で面白い記事がありました。国会の話ですが、この大雪の日に参考人として出席しなければならなかったどこかの官僚の方が数人、委員会に遅刻したそうです。それを、上司は監督不行き届きで注意、また本人たちにもお叱り、のご沙汰があったそうです。前の日から泊まっておけ、ということなのでしょうか。国政を預かる人たちには当然の義務かも知れませんが、こうなったら官僚の方々は国会周辺に皆さん住んでもらわないといけなくなりませんか。文化庁が京都に移転する話がありますが、国会での迅速な対応、委員会などの答弁や議員からの急な注文などへの心配があって完全移転は出来ないといことうらしいです。首都機能を仙台に移す案は、冬は雪が降るのでだめという話を聞いたことがあります。文化庁だけでなく、国政機能機関をもっと関西に持って来たら、一極集中や大災害対策などのいろんな課題が解決するのではと、関西人として思ってしまいます。南海トラフ地震があるからダメですかね。
さて阪神淡路大震災から21年も経ちました。医学部6年生の卒業口頭試問の日で、私は吹田まで行かれなく、その年は筆記試験で済ませたのを思いだします。前にも書いたかもしれませんが、神戸では未曾有の災害で町がまだ火に包まれている時期に、東京の国会議員の先生方は、関西で少し強い地震位に思っていたようで、いまでは信じられないお粗末な情報伝達機能と国の危機管理体制が露呈されました。私も翌日、兵庫県の家から何とか車で吹田の大学に向ったのですが、道路は大混乱でした。しかし大阪府側に入ると街の様子は一転して普段と変わらないのです。お店もスーパーも、10キロほど西では大変になっているに、静かで落ち着いた普段の町なのです。阪大病院はかなり揺れたので、混乱はあったようですが普段の診療が続けられていました。輸血用の血液が足りなくなるのではと心臓外科手術は少し延期しました。しかし、そんなことを言うのは我々だけで、他の科は予定手術をこなすのが使命と、いうわけです。市立芦屋病院からの急性腎不全患者の受け入れを頼まれたのですが、阪大病院としては対応するマニュアルもなく、支援体制も作られていない状況でした。止む無く私たちの病棟に搬送しましたが、その時に他の病棟の婦長さん方は、知らん顔でした。何で私の病棟を使うのか、といった声が聞こえて来るのです。ボランティアーも組織だった取り組みもなく、学生だけが自主的に動いていました。
阪神淡路大震災後21年が過ぎ、何故大災害になったのが報道されています。地震後の大火災は都市ガスが原因かと思っていたら、電気らしいのです。地震で送電が止まった後に復旧するのですが、電源を入れたままの電気ストーブなどからの発火が大きいと言うことです。今では地震の揺れで落ちるブレーカーが開発されています。それこそ、全国にこれを徹底して備えるというのが、得られた教訓ではないでしょうか。色々その使い方が議論されている予算を、この耐震ブレーカーの普及に使ったらどうですか。
今頃、何故こういう話をするかというと、先の首都機能のことです。震災の数日後に厚生省の管轄する研究費事業の発表会が東京でありました。私は一つのテーマを貰っていて、報告会に出ないと評価が下がります。しかし、この大災害の時に発表会をするのかと聞くと、当たり前のように、「予定通りです」、という返事です。欠席でも良かったのですが、行けるなら出席しようと、私は何とかと前日に東京に入りました。ホテルのTVでは神戸はまだまだ火災の勢いは収まらない、広がっている映像でした。翌日の発表会では震災のことは皆さん他人事で、粛々と済まされていました。私は報告を済ませて早々に帰りましたが、地震のメンタルなトラウマがあったのか、何か気持ちが収まらないで帰って来たのを思いだします。大雪の交通マヒで遅れた官僚をしかりつける国の在り方と何か通じるものがあると感じます。
新春放談、といった所でした。 これから一段と厳しい寒波が来るようです。皆様、お気を付けてお過ごし下さい。