2019年11月16日土曜日

大阪の人工臓器学会での話題


 日本人工臓器学会と国際人工臓器連合学会が合同開催という形で先週大阪にて開催されました. 主催は大阪大学の心臓血管外科で、前者は戸田宏一准教授が、後者は澤教授が会長. これらの学会は教室の歴代教授が担当して来た歴史もあり、私が担当したのが2001年ということでもう20年ほどになります. 関連する人工臓器は人工心臓、人工肺、人工腎臓(血液透析)、人工膵頭(インシュリンコントロール)、人工血管といった臓器や器官の代替するものから、その基礎となる材料分野、生体反応まで多彩です. 主催者側が循環器系なのでどうしても人工心臓や補助循環の比率が多くなっていたのいたし方ないかと思いますが、透析やバイオマテリアル、再生医療といった基礎系もしっかりカバーしていました. 機械的補助循環ではいろいろと新しいデバイス(機種)が登場しているのですが、最近はチームで担当しかつ施設基準や認定制度もあり、看護師や臨床工学技士の参加も多く、大変盛り上がっていました. また、国際部門とジョイントでもあり、海外からの参加も多く、国際色豊かで、懐かしい方々との再会もあり、3日間十分楽しめました.
今回の私の関心事はやはり補助人工心臓と移植となってしまいました. 心臓移植や肺移植は今や人工的な代替装置でもって待機するという状況であり、必然的にこの学会でも臓器保存装置や移植への橋渡し(ブリッジ)などが結構ホットな話題であります. 米国での肺移植のリーダーとなっている教室出身の重村先生の肺移植における進歩の話もありました. 一方前者は、同時開催で日本臨床補助循環研究会もあり、永久使用(Destination Therapy)とともに急性心不全やショックへの短期使用の循環補助装置としてImpella®や国産の遠心ポンプの登場で盛り上がっていたと思います. そこで、懸案事項である植込み型補助人工心臓の適応拡大のことと、心停止ドナーからの心臓移植について紹介します.

植込み型補助人工心臓(VAD)は心臓移植へのブリッジとして保険償還されていますが、適応基準や申請タイミングが厳しく管理(日本循環器学会)され、植込み型VADの装着は学会のお墨付きがないと植込みが出来ず、手続等で時間がかかると最適な装着時期を逃してしまう問題(角を矯めて牛を殺す、という感じか)から、今は実施施設の仮判断で届け出をまずして承認が下りる前に見切り発車での植込みが可能となってきています. しかし、今回の議論で明らかになったのは(個人的にですが)、施設間でのこの早期実施の判断が異なり、施設でのポリシーも若干異なり、同じような心不全の進行状況でも、植込みまで3-4日でストレートに進む施設と、間にいろいろな苦労をして最後の最後にやっと許可(仮)がでることで10日も2週間もかかっている状況もあるということです. 単に日数で判断してはいけないでしょうが、そういう現実もあり、個人的にはかなり昔と変わりない苦労を強いられている状況で、患者さん主体に考えると気が重くなる場面でもありました.
将来的に心臓移植が必要であるが、心不全が進んでそれまで保存的治療では限界がある場合に補助人工心臓で移植まで持たすのがBTT(bridge to transplant)、いわゆるブリッジなのです. 一方、明らかに移植の適応があり本人も希望しているが、肝臓や腎臓の臓器機能の基準でクリアーできないところがあり、そのままでは適応外であるが、補助人工心臓で臓器機能が改善する見通しがある場合には補助人工心臓をまず付けてある期間様子を見て最終的適応の判断をするという、bridge to candidacyBTC, 移植候補への適応)というカテゴリーが米国ではあります. わが国でもDTへの保険が来年でもおりる時期になって、このBTCは現場では明確な基準もなく、保険適応もなく、悩ましい部分として取り残されています. このBTCについて、私はDT到来になっても置き去りにしないよう実施側への働きかけをしているのですが、今回も意見集約をすべく準備するという働きかけは不発に終わってしまいました.

このBTCへの保険適応問題は当然ながら簡単ではなく、適応拡大に繋がりVAD治療成績が悪くなりかつ医療費がかさむリスク、現状の早期植込みパスの延長(緩和)で十分ではないか、移植適応にならなかったらどうするのか、そもそも定義や基準が施設で異なって標準化は難しいので保険収載はできるのか、といった課題が出てきます. 米国ではBTCは施設が決めるものの保険会社によっては認めないところもあり、統計上も数は少なく、あまり重要な関心事ではないとのことも聞かせてもらいました. また、その先が移植できなったとしたらまさにそれはDTになるわけで、候補(candidate)の先は移植とDTの両方としたほうが現実的とも思われます.

BTCという言葉が独り歩きすると現場は混乱するし、一方ではなんと対応してあげたい患者さんも少なくないのが現実であり、それはどうしたらいいのか.  まずは実態調査(実態と数と予後など)が必要であること、そのうえで移植施設が集まって意見をまとめ、保険適応や適応拡大が必要と判断すれば関係する上部機関に提案する、というシナリオかと思われます. その上で、DTにおいてもBTCというカテゴリーをどうかも議論することが大事と思います. 要は、BTCというなんとはなしに現場で作られただけの話では進歩もなく、患者さんに被害が生じ、混乱と停滞につながる恐れがあります. これを関係者は真剣に考える時期と思って今回もしつこく発言をしてきました. 何らか進展につながればいいですが.

もう一つは心臓移植に直接関係することで、ドナー不足を少しでも改善する策としてのDCDドナーからの心臓移植です. DCDとはdonation after circulatory deathで、我が国いう心停止での臓器提供です. 脳死ではなく旧来の心臓死を経て臓器を摘出するという方法で、わが国では以前より腎移植で行われている献腎移植(生体ではなく)ですが、今話題のDCDは大きな違いがあります. わが国でのDCD移植は脳死などの不可逆性脳障害になった方で、家族の承諾を得た場合、積極的医療を控え自然に心臓が止まるまで待って、心停止後に摘出に入るというものです. これは心停止前に臓器還流カテーテルを入れるのは積極的に死を導くなど、もう30年位前に社会問題化した負の歴史があります. カニュレーション時期は別として、1990年前後には年間200件以上の心停止ドナーからの腎臓移植が行われていたのですが、脳死移植が導入される時期になってから激減し最近は年間30件ほどという寂しい状況です. また、臓器も酸素欠乏時間が長くなるので機能回復にお遅れが出ます. 腎臓では透析がありますが、心臓移植では患者の死亡になります. 一方今話題のDCDでは人工呼吸などの生命維持装置を中止して起こす心停止であります. 虚血時間は短縮されます. 脳死に準じるような重度の不可逆性脳障害になった場合で死後の臓器提供が家族から提示されて場合に、豪州、英国、最近ではベルギーで、心臓移植と肺移植が実際進められ、従来の移植と遜色のない結果が出ています.

今回の学会でも、豪州シドニーと英国マンチェスターからの報告がありました. その方法は、国で決めた終末期の生命維持のガイドラインに則って人工呼吸を中止し心停止をもたらし、その後5分から30分の観察(hand-off)後に死亡宣告し、その後に心臓など臓器の還流を死体内ないし外で行って、次に心機能の判定ができる臓器還流装置に収め、移植施設に搬送するという手順であります. 英国ではこの方法の導入で脳死を含めた臓器提供数が20%以上増加したということでした. 私は、このセッションの最後にコメントをさせてもてらいましたが、そもそも阪大ではもう30年前になりますが、心停止ドナーからの心臓や肺の移植実験を犬で行っていて、脳死ドナーが全く無理になら心停止ドナー、それも生命維持装置停止なし、からの心臓や肺の臨床応用ができるよう実験をしていました. 結果も良かったので人への応用も考えていた時期があったことを紹介しながら、わが国ではどうか、ということで発表しました.

わが国での腎移植を振り返っても潜在的DCDドナーはかなり存在することまず理解しなければなりません. その上での課題は生命維持装置停止を法的脳死判定以外で行えるかどうかで、脳死議論を再燃させ社会を混乱させては現在の脳死ドナーの提供数増加に水を差すリスクも抱えています. 一方では、日本集中治療医学会、日本救急医学会、日本循環器学会が救急・集中医療における終末期医療のガイドラインを発表しており、その中に生命維持装置の中断が書かれていることから、法律を新たに変えるとかではなく、学術団体のコンセンサスが得られ、厚労省の専門委員会で審議してもらうようになればと思っています. 何れにせよ、わが国このDCDドナーからの心臓移植はドナープールを拡大し待機中死亡を減らす重要な選択肢であり、わが国の関係者がONE TEAMとなって道を開いて欲しいとお願いしコメントとしました. シドニーの座長から、日本ではなぜドナーが極端に少ないのかという質問もあり、人の死のダブルスタンダードが大きな問題であるとも発表に加えていましたが、人口100万人当たりの死後の臓器提供数がいまだに1.0以下(0.8前後)と海外の20人から30人というレベルと大きく違っていることをわが国の社会は知ってほしいと思います.

因みに、この11月24日に兵庫県臓器移植推進協議会の市民公開講座が近づいてきていることを紹介して締めさせてもらいます.