2016年9月19日月曜日

タバコフリー社会実現へ


 昨日から神戸市ポートアイランドの兵庫医療大学キャンパスで、第5回日本タバコフリー学会が開かれていた。第1回は兵庫医療大学薬学部の東純一教授(故人)が2012年に会長をされた時に大学の学長として参加したが、あれからもう5年になる。今は顧問となっているが、久しぶりに参加してきた。改めて我が国のタバコ規制がほとんど進展していないことに愕然とした。

 このタバコ規制の話は学長時代のブログで数回(2013年)紹介しているが、映画インサイダーのモデルのジェフリー・ワイガンド博士が来られ、日本のタバコ規制への強いメッセージが思い出される。今回はカナダのジェフリー・フォン博士と同じセカンドネームで何か通じるものがあるのかと思う。このタバコフリー学会は心臓外科や心臓移植で交流の深かった薗潤先生が創設者であり、「受動喫煙のない社会=タバコのない社会の実現」を目標としている。この会で私もWHOの枠組み規制のことを知るようになった経緯がある。もともとタバコ嫌いであるが、単に臭いやら煙たいといった嫌い感情ではなく、医療者として放置できないという思いになっている。当時、兵庫医療大学をタバコフリー大学に、という試みを行ったのが懐かしい。

 さて、WHO主導でタバコ規制枠組み条約(FCTC)は20052月に発効、20043月に日本も批准している。この国際的な動きは、タバコの受動喫煙の健康への影響に科学的根拠でもって革新的な取り組みを指導している。しかし、日本は批准してもその後の取り組みや法規制は遅々として進んでいない。健康増進法が出来、受動喫煙に対しての条例での対応も神奈川県や兵庫県でも出来ているが、内容は分煙を認める本来の目標に逆行するものとなっている。つい先般、保健大臣サミットがこの神戸、ポートアイランドで行われたが、なんと神戸市は中央区(三宮中心)の道路上の喫煙場所をすべて一時的に閉鎖したということである。海外の健康担当の指導者に実態を見せないで済まそうという神戸市の姑息的な対応にはあきれかえる。せめてこの会議の後、公共道路での喫煙場所を段階的でもいいから閉鎖すべきではないでしょうか神戸市長さん、と言いたくなる。

 FCTCの具体的提案は、タバコを単なる健康の問題ではないと捉え、包括的なタバコ規制を示している。それらは、写真(健康被害)警告表示、包括的禁煙法、消費抑制のための増税(タバコ値上げ)、等7項目があり、さらに大事なことは、タバコ産業のタバコ規制策や対策への働きかけを禁止、を掲げている。我が国では批准はしたが実効性のある取り組みや法規制は殆ど手つかずと言っても良い。逆に分煙でいい(喫煙場所を作る)ということが社会に浸透してきている。行政も弱腰であるが、その背景にはたばこ産業界の圧力があるのは明白である。

 今回はカナダと韓国からの招請講演があった。カナダからはジェフリー・フォン博士(Geoffrey T. Fong, University of Waterloo and Ontario Institute for Cancer Research)が来られ、国際タバコ規制(ITC)プロジェクトの紹介と共に、FCTCが如何にエビデンスをもとにタバコ規制を進めているか、パッケージの被害写真掲載の普及やタバコ産業が如何に裏の手を使って反対運動を行っているか、など熱演された。こういうお話は国の厚生労働委員会でやってほしいし、日本のWHO支部主催で周知を図ってほしい。

 フォン博士の講演では、FCTC批准国(180か国)中43か国で完全禁煙法が出来、30か国ではタバコパッケージへの写真警告(健康被害の実際の患者や病理の写真を載せる)が実施されている。我が国では各項目を実施するための法整備が出来ていないどころか自治体は分煙方式で進んでいる。喫煙室を別に作ったらそれでおしまい、方式が広まってしまった。どうしたらいいか、を明らかにして完全禁煙を進める、これがタバコフリー学会のミッションである。大分過激であるが、そうでもしないと日本のタバコ産業有意に状況は変えられない、ということである。薗潤、薗はじめご夫妻が強力なリーダーシップで引っている。日本には未成年者喫煙禁止法があるが、選挙権年齢の引き上げで喫煙可能年齢も引き下げようという動きがある。選挙権行使と喫煙やアルコール許可は全く別の次元であり、若者の健康という点ではっきり区別すべきである。

 韓国は2015年にWHOの枠組み規制に則り、独自のタバコ規制法を制定している。そして今や禁煙活動は国を挙げて先進的に進めている。これは我が国でも認識すべきである。臓器移植でも韓国は法整備が進んで移植先進国である。両分野とも我が国は今からでも遅くない、隣国を見習うべきである。我が国のタバコ規制が進まない原因の共通認識は、財務省、JT、たばこ事業法(財務省管轄で厚労省ではない)であることも共通の認識である。昨年の第4回は愛媛大学で行われ塩崎厚労大臣が出席され、マスコミの関心も高かったが、今回は残念ながらメデイア関係者はあまり来られていなかった。学会宣言を含めどこかの新聞で紹介記事が出ることを願っている。

 タバコ産業と言えば我が国ではJTである。今やJTWHOの進める国際的なタバコ規制の動きを抑えるのに躍起である。CSR活動と言って広告業界(TV広告)と組んで国民をタバコは悪くないと色んな場面で洗脳している。分煙でみんな幸せといったことや、マナー改善でごまかそうとしている。そういう目で広告を見るとその魂胆が分かってくる。TV広告は本当に要注意である。民放だけでなく、NHKも怪しいところがある。NHKの経営委員会のメンバーに日本たばこ産業()顧問の方が委員長職務代行として名前を連ねている。委員の選任にあたりCOIはどうなっているのか疑わしいし、NHKも推して知るべしである。

 乳がんとタバコ、という特別講演が乳腺外科医の先田功先生(西宮のさきたクリニック)によって行われた。総論としてがんの原因の3分の一は喫煙であり、中でも乳がんは30歳前後から急速に罹患率が上がっているという。芸能人の乳がん発病の話題で検診率が上がっているが、喫煙が原因の中で大きな位置を占めることを社会は知るべきであろうし、マスコミも芸能人のがんの話題で検診のことは触れるがタバコとの関係はタブー視しているようだ。民放はスポンサーが目を光らしているし、TVでは先に触れたがタバコを擁護する広告が堂々とまかり通っている。匂い消しの広告に出て来る売れっ子のSM氏は、その広告が将来どう評価されるか、健康被害を助長させた典型的広告、と書かれるかもしれないことを知ってほしい。

 近頃の町で見かけるのは若い夫婦がバギーに子供さんを乗せてその両側で二人ともタバコを吸っている光景を目にする。受動喫煙の健康障害の恐ろしさを若い人々、特に女性は知るべきであろう。この学会は感情的なタバコ100%嫌い、の集団ではなく、フォン博士の講演でも分かるように科学的エビデンスに基づいたタバコ規制を進める団体である。国際的に進められているFCTCの示す項目に従っての法規制の重要性を関係者に理解してもらうべく活動している。いつも禁煙というとお医者さんがうるさく言うので、とか医師もタバコすっている人が多い、といったことで流されていることが多い。日本禁煙学会も日本学術会議もタバコ規制に大きくぶれるところはないと思われる。ただ、このタバコフリー学会はその強い意志と決意でもって、我が国からタバコを無くしていこうを頑張っている。

 くどいようだが、兵庫県はタバコの受動喫煙の防止を先取りした感じではあるが、神奈川県と共に分煙を正当化してしまったことではWHOの意図するところから逆行している。飲食店やホテルが困るといっても、国民にがんの発生を助長させるタバコを野放しにすることに加担している訳で、完全禁煙は今や先進国やアジアでも常識なっている。日本は鎖国政策から抜け出せていないと言っていい状態である。

 臓器移植が日本ではなかなか進まないが、タバコ規制と相通じるところがあると感じる。大事なことは分かるが、個人の自由も尊重しないと、といったことで国の態度は共に軟弱である。担当役所は、前者は厚労省、後者は財務省、である。数年前に国会で元神奈川県知事の松沢成文議員がタバコ規制の強化を訴えたら、麻生財務大臣は、3兆円だかタバコによる税収があるからこれは大事にしないと、という趣旨で答弁された。国民の健康や命を犠牲にしても財務収入が大事、ということである。タバコ規制のバリアーに財務省があることが良く分かるが、せめて増税で一箱1000円に力を入れて欲しい。

 大分タバコ嫌いの性分が出た内容になったが、今回の学会で、生半可な対応ではタバコ規制の目標(この学会ではタバコは博物館へ、というタイトル)達成は程遠い現実を改めて知った。フォン博士によると、日本で1年間のタバコ関連死が約13万人であり、「日本における予防可能な死因の第一位は喫煙(受動喫煙を含む)関連死」である、を最後に私からのTake Home Message とさせてもらいたい。

補足です; 

① 学会の様子はサンテレビのアナウンサーが取材され、9月29日の夜9時半からの

ニュースポートという番組で紹介されるとのことです。

http://sun-tv.co.jp/anablog/kohama/



② 韓国の取り組みは、タバコ代を一挙に200円値上げ、レストランは完全禁煙(罰則付き)、

この12月からパッケージに写真警告表示でした。





2016年9月15日木曜日

新専門医制度の準備再開、新理事会の考えは


 東北、北海道では台風10号で甚大な被害を受けられています。早く皆様の生活がもとに戻っていきますよう願っています。16号も不気味に近づいています。


 さて、新しい専門医制度の開始が1年先送り(2018年)になっているが、今後の具体的な方向が先の専門医機構の理事会(97)で決定し当日の記者会見で発表されたので紹介する。

要点として、専門医制度が学会メーンの体制になったと書かれている。
当初は、これからの医療を担う若い医師の修練制度や専門医認定はこれまでの学会主導ではなく、質の担保と制度の標準化のため第三者の認証機構が関与して行う、という根幹の旗印が下ろされてしまった。

新たな制度の根幹は修練プログラムの認定から始まる。従来は個人の臨床経験の積み重ねが幾つか自由に選べる認定施設(基準が甘い)を渡り歩いて得たものであったが、新た制度ではしっかりした指導体制(プログラム責任者の役割が大きい)のある病院群での修練と経験を基本とする、即ち「プログラム制」の導入であった。この制度の根幹となるプログラム認定基準については新たな機構に移行する過渡期に策定され、これには私も関与したが、既に多くの学会がそれに合わせて制度を再構築していた。ところが、いざスタートする間際になって一度立ち止まることになった。それはこの基準が大学病院中心で地域医療を担っている病院が基幹施設から外れ、これでは地域医療が崩壊するという医師会や地方行政側からの強いクレームが生じた。この結果、旧理事会がほぼ解散状態となり、先般新たな陣容で機構が再出発したところである。

さて、争点のこのプログラム認定基準の見直しが争点となるが、今のところ明確な内容は発表されるに至っていない。修練基幹施設の基準を実情に合ったものにする程度で、地域医療崩壊の危惧が払拭されれば、基本的には大きな変更はないものと想像される。これまで10年に近い関係者の努力(労力)を無駄にしてはいけないし、根幹から変える理由はないはずである。新理事会も、再検討はするがコンセプトを変えて白紙に戻すのではなく、これまで検討してきた成果の上に見直す、としている。 プログラム認定プロセスについても、新理事長はリセットではなくこれまで積み上げてきたものは十分生かす、とコメントしている。これで個人的には少し安心した。

では何が変わるかというと、プログラムの認定作業についてである。これまでは機構が各制度からの認定基準(修練計画と施設認定基準)をまず審査した上で承認し、ついでこれの基づいて出された個々のプログラムも機構で最終的に認定するものであったが、新たな仕組みでは具体的な認定はほぼ各学会に任せる、という変更である。これは各学会の自主性と自律性を尊重した上での話しであり、また機構が膨大な作業をこなせるかという危惧も背景にある。結果的にプロフェッショナルオートノミーに任せる、ということであり、逆に各学会はそれなりの責任が出てくるということになる。現実的な対応であるが、ピアーレビューという新制度の根幹に関わることからいうと、各学会の責任は大きいことを自覚して欲しい。あくまで専門医制度は学会のためではなく患者さんのためであり、日本の医療を良くするためである。

今回の理事会のメッセージには、サブスペシャリテーについて具体的にしている。内科と外科では基本領域の内科専門医と外科専門医の2階にそれぞれ13と4つのサブスペシャルティーがある。その他にも12領域の専門医制度が何らかの基本領域(18ある)の2階に位置されている。内科と外科では主な診療実態から言うとサブスペシャル領域(外科で消化器外科、心臓血管外科、呼吸器外科、小児外科)が主体となることから、一階の壁を高くすると2階の資格を取るまでに期間が長くなる(卒後3年目以降、3-4年x2=6-8年)という不満が出ていた。ここでこの壁を低くして柔軟に対応するよう、1階と2階をオーバーラップさせることを認めるということである。これは外科系が既に行っているもので、今頃になって内科が追いついてきた、ということである。しかし、このことはそもそも内科専門医とか外科専門医とは何か、ということになる。これが進むとその価値を下げるものであり、今後も議論になるところである。因みに米国では長らくこの2階建てが厳しく設定され、内科専門医、一般外科専門医に社会的評価は高かったが、最近は外科系でこの1階を省略して2階のストレート方式(6年ではあるが)も並列で動き出している。ある意味社会実験であるが、日本はこんな柔軟な対応は想定出来ない。何故なのか。グルーバルスタンダードという目標を新たな制度で入れるべきと理事の時に意見を述べたが、完全無視であった。

最後に、サイトビジットのことも触れられていて。サイトビジットとは、認定されたプログラムが果たして計画通り運用され、レベルを維持しているか、専攻医は計画通り来ているか、ということを第三者を交えたチームが実地調査をすることである。これまで幾つか学会は自主的に行っていたが、新制度の一つの柱として導入すべく準備して来た。これについては、手間の問題やその評価基準を今後検討するとのことである。これはある程度制度が進まないと出来ない話ではあるが、私が旧機構の理事の時に担当した課題である。新制度への移行に当たって現状調査と試運転をすると言うことで基本領域について学会から推薦された施設を各学会からノミネートされた調査員で試行した経緯がある。調査員になって頂いた先生方は大学教授も多く、多忙のなかで参加してもらった。中には、こんな無意味なことをやらせるな、時間がない、とお叱りを受けた先生もあられたが、その結果はきちんと纏めてあるので是非参考にして欲しい。評価指標案も策定してあるが、まだ残っていることを願う。

ということが理事会で決まった、議論された内容である。専門外の方には面白くもない話しで、最後まで付き合って頂いたことに感謝。

論点としてまとめと補足をすると、

  専門医機構が新たな体制になったことで、これまで残されていた課題が明白になって、その現実的な対応で前に進み出している。
  ある意味逆戻りして学会メーンとなるが、担当学会にはプロフェッショナルオートノミーを堅持して社会が期待する制度を作る義務がある。専門医制度は学会のためではなく患者さんのためである。
  大学医学部も若手医師をどう育てるかよく考えることと、グローバルスタンダードも大事であり、日本の医師の生涯教育に関わる責任は大きい。医局員集めのために制度を使うのは本末転倒。
  ピアーレビューの制度導入に期待、
  これからの課題は、新たな制度への厚労省の役割は何か、日本医師会の役割は何か、卒後臨床研修制度との一体的生涯教育制度はどうするのか。
  厚労省は広告できる制度は続けるのか。法規制はそのままか。
  地域医療を守るのは専門医制度ばかりではないことを共通の理解とすべき。

参考文献

黒田達夫.専門制度改革の主役. 日本外科学会誌 2016; 117(5): 349
   小児外科専門医の日米の違いなど

Matsuda H. Gen Thorac Cardiovasc Surg. Where does the new regime of medical specialty certification go?  2013; 61(10): 547-50.
日本の胸部外科学会英文誌に書いたレビューです。もう3年経ちました。