2014年8月15日金曜日

再生医療について考える


 再生医療が社会の脚光をあびる中で、STAP細胞(現象)研究はいろいろな意味で社会に問題を投げかけました。その科学的検証や評価が定まらないかなで、メディアも本質からはずれた視点で何時までも大きくとりあげ、結局は笹井副センター長の悲劇的な結末を迎えてしまいました。偉大な研究者を志半ばで失ったことは、生命科学や再生医療のこれからを考えると、本当に残念ですし、何といってもご遺族の悲しみは想像に絶するものでしょう。本当に悲しいことです。衝撃的なニュースからしばらく頭を冷やして、丁度終戦記念日ですが、思うところを書かせてもらいます。

私自身も、再生医療は臓器不全治療のこれからの希望の星であるということで、少し関わってきたのですが、科学的(基礎的)なことの展開と社会の期待とのギャップが大きいことに戸惑ってきた一人です。トランスレーショナルリサーチ(ベンチからベッドサイドへ)は時代の脚光をあび、確かに臨床応用が現実なったケースも少なくありません。しかし、再生医療が臨床で成果を上げるにはまだまだ壁があるのです。      iPS細胞の発見で大きな期待がかけられていますが、当面は薬の評価や疾患モデル研究があって臨床はまだまだ先である、と当の山中教授もおっしゃっておられます。iPS細胞による網膜疾患治療が神戸で始まりますが、まだ安全性に評価の段階です。勿論、神経損傷や心筋疾患にもこれから応用が期待されますので、多くの方が希望を持っておられます。

そういうなかで、科学者の発表の仕方とともに、マスメディアの対応も科学先進国として慎重なスタンスが求められると思います。マスメデイアはスクープが大事であることと、新規性、話題性(社会が喜ぶいい意味で)で日々動いています。ここで言いたいのは、社会が理解する再生医療と科学者(医学研究者)が考えている再生医療(再生医学)とが本当にマッチしているかどうかです。再生医療とは、ということで日本再生医療学会のHPからその定義を引用しますと、「再生医療」とは、機能障害や機能不全に陥った生体組織・臓器に対して、細胞を積極的に利用して、その機能の再生をはかるもの、と書かれています。また、米国の国立衛生研究所(NIH)によると、生きた機能を持つ組織で種々の原因で機能を失った組織や臓器を修復したり置換するもの、としています(2006年)。一方日本では、従来の薬や外科治療、臓器移植や人工臓器ではない新しい治療という点が強調されているようで、再生医療とは、という点ではやや混沌としているのではないでしょうか。

論点がぼやけてきたかもしれませんが、再生医療というからには手段は別にして、自己組織が修復されたり失っていた自己細胞が新たなに増えたり、といった正に再生、が起こっていないといけないと思います。その検証が大事です。再生医療の現実では細胞移植療法が多くありますが、これらがイコール再生医療と言えるかどうか、科学的検証がないままにマスメディアが再生医療として飛びついてはいないか危惧されます。勿論、多くの素晴らしい、先駆的な研究成果や臨床研究のことをどうこう言うつもりはなく、その発展を期待しているのですが、問題点は老婆心ながらマスメディアとの付き合い方ではないかと思いますし、マスメディア自身も考えて欲しいと思います。今回の笹井先生の悔やまれる出来事を垣間見て感じました。拙いコメントでしたが、笹井先生のご冥福をお祈りいたします。