2013年8月21日水曜日

心臓移植 対 長期機械的補助:臨床的均衡?

  関西では連日暑い日が続いています。北海道・東北地方では集中的な雨の被害も出ていますし、鹿児島では桜島の爆発的噴火もあり、夏の終わりといえ落ち着かない毎日です。
 さて、今日は抄読会です。会員になっている内外の学会の学術誌が手元にまだ結構の数が送られてきますが、そのままゴミ箱行きか本棚へとなるのですが、数は少ないですがパラパラと中を見るものもあります。今日は夏休み気分でもあり、珍しく中身を見ていてこれは読まないといけないというものが出てきました。雑誌は欧州心臓胸部外科学会誌(European Journal of Cardio-Thoracic Surgery)です。欧州はかっては其々の臨床分野で各国が雑誌を持ち、自国語で学会をやっていたのですが、今は雑誌も学会も英語で統一し、米国に負けるものかという勢いです。その一つがこの雑誌ですが、Editorial(論説) に心臓移植と補助人工心臓の二つが載っていました。特に前者でびっくりしたのは、著者がSara Shumway(サラ シャムウェイ)とあります。そうです、心臓移植のゴッドファーザーでもあったスタンフォード大学のNorman Shumway教授のお嬢さんです。心臓外科医になっておられ、心臓移植にも関わっておられて、今はミネソタ大学の心臓胸部外科におられます。
さて、タイトルが表題のものです(日本語にしています)。心臓移植対植込み型補助人工心臓(VAD)という議論は最近よく出てきます。植込みVADの進歩、特に米国での永久使用(Destination Therapy) が登場して以来、心臓移植に代わる治療法か、心臓移植はどうなる、といったことが討論のテーマになったりしています。日本では移植が少なく、最近はもうVADが取って代わっていいのでは、という意見を言う方もおられます。米国は心臓移植が年間2000例をコンスタントに実施していながら、VADの登場で心不全治療のパラダイムが変ろうしています。この雑誌のもう一つの論説は人工心臓ですが、今日はシャムウェイ先生の内容を紹介します。
まず、副題の臨床的均衡は英語の元のタイトルでは、clinical equipoise? です。この言葉は実は恥ずかしながら私にはなじみが薄かったのですが、プラセボ(偽薬)を使った臨床試験において、被検者の立場を守りながら科学的データーを作っていくときの倫理の話のようです。プラセボや従来の治療を対照として、新たな治療や薬の効果を調べるには、無作為比較臨床試験(ランダム化臨床試験、RCT)として、被検者に恣意的に一方の選択肢に入れることがないようにしています。ここでプラセボとか古い治療など、被検者にほとんどメリットがない選択肢があるのは倫理的におかしい、という議論が続いています。RCTに参加する方のメリットは個人的にはなく、母団のメリットへの参加にしかならないのです。ということで、対照(コントロール)として何を選ぶかが大事になってきています。被検者の「最善の治療を受ける権利」を守るのか、集団の理論(統計学)が優先するのか、ジレンマが何時も出て来ます。二つの選択肢が倫理的に同等(均衡)であるかは判断が難しいわけです。
これを理論的にサポートしようとしているのが、1987年にFreedmanが提唱した「clinical equipoise」とされています。東京医科歯科大学の津谷先生の解説によれば、臨床試験で二つの新しい治療を比べる場合に、理論上それらが同等であると証明するのは困難であるが、その臨床試験をするコミュにティーの中でどちらが劣っているかの意見が分かれるような場合、臨床上の均衡clinical equipoise があるとして、その場合はRCTを行ってもいい、というものです。そのためには、両者の科学的データーをしっかり漏れなく集めるという、システマティック・レビュー、をして、エビデンスの現状を理解し、正確に評価する必要があり、これをコクラン共同計画、と言うそうです。高いエビデンスを作るためにはまず現状を厳しくレビューして、臨床試験に臨ことが求められて要るわけです。
肝心の論説の内容に行く前に統計学のお勉強をしてしまいしたが、シャムウェイ先生はまさに両者(移植とVAD)の信頼出来るエビデンスを紹介しています。要点のみを紹介します。最近の心臓移植のデーターでは、九万人以上の患者の中間生存年は10年(生存者が半数になるのが10年)で、1年まで生存していれば63%が10年、27%が20年生きるチャンスがある、というデーターも出ています。植込み型VADの成績は向上しているが、長期成績はまだ十分ではなく、安定した状態で植え込んだ場合には1年と2年の生存率はそれぞれ88% 80%であります。移植や植え込み後の年間死亡率は移植で6%以下、VADでは10%以下、とまだまだVADの長期管理は難しい状況に見えます。その他、医療費(費用対効果)の報告も出てきていて、これからより長期で移植とどう違うかが求められるが、両者ともかなりのコストになっているのは事実です。
各々の治療の現在での課題として、移植では悪性腫瘍の発生、慢性拒絶、感染、などまだ克服されていないものが多くあり、一方のVADでは適切な抗凝固療法が課題で、血栓症やドライブラインの感染、脳梗塞などを克服する必要があります。ただ、年齢がいった患者さんは、移植は若い人にチャンスを与え、VADがいいとも言っています。
これ以上の詳細は省きますがclinical equipoiseという視点では、心臓移植は末期的心不全の治療手段としゴールデンスタンダードに変わりはないが、ドナー不足が問題である、と指摘しています。この二つは均衡していないということでしょうか。最後にはドナー不足解消には、mandatory donation(義務的提供)が助けになるであろう、しています。家族の同意が得にくいわが国でも考えないといけないことでありましょう。なお、筆者はこれだけしっかりオーバービューをしながら、両者のRCTをしろとは言っていないのです。これだけデーターがるから、それらをよく見て適応を考えるように、ということでしょうか。
 一人抄読会みたいで、長くなってすいません。暑さが続く中で面白い話題ではなかったかもしれませんが、最後まで読んでいただき、感謝です。 暑い夏ですが、もう少し辛抱して乗り切りましょう。

参考文献 
Shumway S. Heart transplantation vs long-term mechanical assist device: clinical equipoise? European J Cardio-Thoracic Surgery  2013;44:195-197
Freedman B. Equipoise and the ethics of clinical research. N Eng J Med. 1987; 317:141-145
津谷喜一郎. Evidenceと臨床試験 (I. レクチャーシリーズ). 日本産科婦人科學會雜誌 1999; 51(9): "N-223"-"N-227"

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