2016年4月8日金曜日

新たな専門医制度にブレーキか

  
暫く専門医制度の話題は避けていたが、いよいよ来年度開始という段階でかなり紛糾していることが報じられている。医師のネット世界でもかなりの反新専門医制の意見が飛び交っている。国レベルでも見直しや開始延期論が出ている。制度作りの一部ではあるが関与したものとして放置できないところもあり部外者の勝手な意見であるが少し書かせてもらうことにした。
ことの発端は2016325日に開催された、「第1回 社会保障審議会 医療部会 専門医養成の在り方に関する専門委員会」のようだ。病院団体などから「養成プログラムを見ると、連携施設となる基準が厳しすぎる。これでは地域医療の現場から、専門医を目指す若い医師が離脱してしまい、地域の医師偏在が拡大してしまう」との指摘が出てきました、とある。しかも、25日に開かれた専門委員会の初会合では、厚労省から「医師偏在を生じさせないための調整方針」が報告され、大学病院などから申請された養成プログラムについて(1)日本専門医機構(2)都道府県(3)厚労省―の3層構造で「地域の医師偏在の有無」を検証し、調整することが明確にされた、とある。これでは新機構の面目丸つぶれである。何故こんなことになったのか。機構に問題があるとはいえ参加学会に大きな責任があるのではないか。プロフェッシナルオートノミーが無しくずしになり、医師(学会)のプロフェッション自体が崩壊していると感じる。
そもそもこの「社会保障審議会で専門医養成に在り方に関する委員会」が現れたことにも驚きである。今回の制度改革の出発点が、厚労省主導で始まり専門医制度在り方検討委員会が2013年にまとめを報告しているわけで、5年経って開始と言うときにまた同じような名前の委員会、しかも行政として上位にある大臣が関与するところでの話しである。しかも新しい機構の進めてきた路線をかなり批判し、後戻りさせるような意見が出ている。その結果、この部会の下に「専門委員会」を設置し、課題解決に向けた議論を行うことになった、という。これまでの10年近い機構での議論と作業が何であったのか、大いに戸惑うものである。なぜこの様な事態になったのか。
私自身は旧専門医機構の最後の時期に関与し、特に研修プログラム制度の骨作りにかなりコミットした。しかし新機構のメンバーではないので、ここでは大きな流れの中で少し冷めた見方が出来るのではと思う。幾つかの論点で話しを進めるが、新機構の進め方を全面擁護するつもりも無く、また審議会で出された意見をその通りと言うつもりも無い。
さて、機構の池田理事長の弁明(説明)は総論的にはその通りである。しかし、これだけ日本の医療の土台作りを担う制度の開始に当たっては、きめ細かい配慮や制度設計と説明が必要であるが、先に開始時期ありきで作業が進み、各学会、就中基本領域の学会全てが一枚板になっていないのではないか。そうとすれば、これは機構執行部のガバナンスが問われるのではないか。その背景には、新制度の根幹である学会のプロフェッショナルオートノミー、というカタカナ用語でもって肝心のことが整理できずに課題を先送りして何となく進んでしまっていると感じる。一方、新機構は予算措置も乏しく、人もいない、学会首脳陣の手弁当での参加、などこれだけの大きなことをするにはそもそも無理がある。国からお金をもらうと厚労省の言いなりになるからそれは受け入れられない、という学会の意見。ではどうしたら良いか。専門医の認定料や施設認定料で賄うしか無い。という機構が貧弱な財政の基で仕事していることへの社会の理解がないし、それを得ようとする努力も見られない。お上の言うことには従いたくない、と粋がっていたが、今はそれが逆転しようとしている。
専門医養成に当たって、これまでのカリキュラムはあるがプログラムが無い我が国の制度を、米国流ではあるがプログラム自体を認定していきながら専門医の質の担保と向上を図ろうとした経緯がある。米国の制度では保健機構からレジデントの給与が賄われているので、同じことは出来ないがコンセプトだけでも変えていかないとグロ-バルに見て立ち後れていくわけである。一方で、新制度導入でもって医療現場が混乱してはいけないという合意の基に、プログラム制を各学会や大学に理解してもらって、徐々に進めるよう準備されたと思う。地域医療の崩壊や医師の偏在を助長させることは制度の失敗に繋がるわけで、そこをプログラムの認定でカバーしようというものであった。私の記憶では、新たな制度はある意味で新臨床研修制度で崩壊した地方大学医局を活気づけて、関連病院人事を元に戻せないか、という目論見もあった。当初、厚労省は新制度で医師偏在の是正、診療科の偏り改善を狙っていたが、この官のやり方に学会が猛反対し、厚労省に口出しされない制度にした。それはそれで良いのだが、国の意向を自分たちで主体的に取り組む姿勢が希薄ではなかったのか。その結果、基本領域(全てではないが)ですらふたを開けてみると、学会会員確保、大学医局員確保が袈裟の下から見えてくる。そこを審議会の委員や病院団体から突かれてしまっていると思われる。
当初よりこのような反対意見は予想されていたが、学会員自体からも不満が渦巻いた状態で進んで来てしまっている。何故今更面倒くさいことをまたするのか、今の何が悪い、またお金が掛かる、といったことである。そこは各学会執行部が新制度の何が大事かを学会員によく説明しなければならないが、それが出来ていないのではないか。私はかってどこかの雑誌の巻頭言に、新制度でもって医師偏在を改善、と書いたことがある。医師というプロフェッショナル集団が自助努力をしないで現状を放置すればいずれ地域医療崩壊は身勝手な医師集団の責任だ、といった社会的バッシングが起こるかも知れない。その前に自分たちでこの機会に我が国の医療の課題を改善していこうという気概を待って欲しい、という趣旨であった。それをすれば医師のプロフェッションの自由度を妨げるという批判もあった。しかし、今の審議会の議論を見ていると、このような心配(社会が黙っていない)が現実になって来たのではないかと考えてしまう。提出された養成プログラムを機構だけではなく、都道府県、厚労省が入って検証、調整するということで、日本医学会も日本医師会も蚊帳の外である。

論点を追加すると、専門医制度を医師の卒後教育制度の根幹となるということへの理解が医師側も国にも薄く、そういう視点での制度作りであるというところへの配慮があまり見られない。ここが米国と違うところである。そもそも2004年に始まった新卒後臨床研修制度(卒後2年間、専門医研修の前)は今や予想通り形骸化していて、これを放置したままでの専門医制度作りはそもそも無理があると指摘してきた。しかし、臨床研修制度は法律で2年とされているので国は変える気はないし、それでもって地域医療が確保され、大学医局が仕切っていた医師配置に楔を入れたとされている。背景に、文科省、厚労省、病院団体、などが纏まっていなこともある。医学部卒業生を専門医研修(後期研修)に早く引き入れたいから、基本領域(内科、外科に総合診療も加わって19ある)専門医研修プログラムは実質卒後2年目からの研修開始を容認している(脳外科など一部は3年目から)。研修期間も短くして人気を取ろうとする学会(制度)もあるのではないか。基本領域ではそれこそ根幹であるから横並びをしっかり整えて、新制度の目標の一つである標準化に歪みがないようにすべきである。
いろいろ述べたが、やや脇道に逸れて混乱してきたのでここでまとめる。①審議会の議論はある意味、的を得ている*、②新機構のガバナンスには危惧されるところがある(ロードマップ作りは万全であったのか)が、予算措置もあまりなく人的にも組織が脆弱であることへの理解が乏しい、③基本領域で準備が進んでいないところ(学会等)があることが大きな問題である、④地域医療が崩壊するというが、専門医制度だけで改善するわけではなく、医療全体のことであるという視点がいる、⑤基本領域はそれなりに制度が出来ているので現状維持を主体に進めて肝腎の2階より上のことが放置されていることが危惧される(かなり遅れている)、補足であるが⑥更新制度をなおざりにしては医師の生涯教育に課題を残し、それこそ地域医療の崩壊を助長させる、といったことではないか。
そして、新制度では認定を学会が仕切るのではなく第三者で行うという理想論が、今となっては如何に現実離れであったかも示している。新専門医機構のそれこそ在り方が問われて肝腎な制度作りにブレーキが掛かり、官主導であらたな在り方委員会ができとことは、医師サイドのプロフェッションとしての社会的評価が如何に脆弱であったかも物語っている、というのが今の傍観者としての勝手な感想である。専門医制度を若手医師の取り合いに使うのではなく、これからの日本の医療を担う医師の育成事業であって、それが日本の医療をよくする、そしてそれには社会的投資がいる、と愚考するものである。

* 後日追記: ①は少し誤解を生むかもしれません。本来、審議会で出た意見は的外れでしかるべきなのですが、現状の基本領域のプログラム構築において地方への配慮が足らないという現実があるとすれば、そうであるということです。実際、各制度がどのようなプログラムでどう地域医療への配慮や大学外の病院を組み込んでいるか私には定かではありません。従って、ここはよくフォローすべきで、機構もそれが杞憂ならしっかり説明したらいいと思います。こういう危惧が、実際はそう深刻ではないないことを願っています。