2014年6月1日日曜日

2025年問題


 もう6月になってしまいました。最近はあまり適当な話題もない、というか私のアンテナが鈍ってきたのか、ご無沙汰です。
とはいえ、私の周りでは植込型の補助人工心臓の適応についてホットな議論が進んでいます。心臓移植への橋渡しでのみ保険適応が認められているなかで、現場はグレーゾーンの患者さんが増えてきています。補助心臓をつけないと移植にも到達できない重症(移植になるかどうか分からない)でせっぱつまった時の扱いとか、年齢65歳以上で移植適応のない方で補助心臓を永久使用の適応はどうするか、という議論です。医療の対費用効果、さらにはテクノロジーの進歩を高齢者にどう普及させるかなど、大事な議論があります。補助心臓をつけた移植待機患者さんが増えて現場は混乱していて、まずはドナー不足を何とかするのが先決という意見もあります。適応患者さんの枠(待機数制限?)を設けるのか、という議論まで出てきそうな雰囲気です。このことは関連学会の会議が終わった後に紹介します。
昨日はNHKの特別企画で、団塊の世代がいよいよ高齢者の仲間入りをする2025年問題がテーマでした。病院が足りなくなり、ベッドが一杯になって普段の診療に手が回らなくなる、医療費が上がる、医師不足になる、若い人で賄えるのか、いったい日本の医療はどうなるのか? これに集まったのが、患者さんや団塊世代の方、医師(開業医、勤務医、英国の家庭医)、看護師、薬剤師、女優さん(患者さん)、元厚労省の方、日本医師会長、NHK解説委員、医療系学生、など多彩な顔ぶれでした。結構面白かったのですが、2025年というより現在の医療の種々の問題が浮き彫りにされ、これがさらに限界になるのでは、という話だったと思います。現在の問題を放っておいて2025年になったら大変です。
話の焦点はやはり在宅になりました。病院は一杯だからこれからは在宅だよ!ということです。幾つかの地域での取り組みも紹介されていました。でも家ではもう見る人もないし、場所もない、高齢者(病気の方がほとんどとして)を受け入れる施設を何としても増やさないと、という意見もありました。自分も既に中期高齢者群にはいっていて、若い人と同じ医療を求めていいのか、とも感じます。
とはいえ、世の中、在宅という言葉が氾濫しています。日本人は、最後は家でと言うのが無理になってきているのは明らかです。まして若い人に家庭や仕事を犠牲にして年寄の面倒を見させるのはもう止めないと社会が年寄とともに疲弊し、衰退して行きます。自宅を中心に在宅を、という推進派は何か本来の向うべき道をあえて避けているのでは、という気もします。国が面戸み切れないから、在宅で逃れているのでは、と勘繰りたくもなります。在宅という言葉は要注意ではと思いますが、どうでしょうか。
もう一点、家庭医が話題になっていました。英国で家庭医資格を持って活躍している先生の発言に、日本医師会の‘かかりつけ医’や総合診療医とはずいぶん離れていることも皆さんびっくりされていました。これから出てくる総合診療専門医もこれからの高齢化社会での役割やそれこそ在宅(地域)医療での役割のいてよほどしっかり目標を立てて、社会が求めるものに向わないと、結局は学会のやりたいことになってしまわないか心配です。それから、医師不足、お医者さんが云々ばかりで話が終始しましたが、医師にばかり頼っていてはだめで、看護師、薬剤師に医師不足を補う役割展開を、という話がなかったのは残念でした。

最後に、医学生や医療系の学生がしっかり意見を言っていたのは救われました。