2014年6月22日日曜日

医療事故調査制度いよいよ始まる

     長年懸案になっていた医療事故調査制度、医療事故調、が今国会でようやく関係法案が成立し、2015年から運用されることとなった。これまで学長ブログでも何度か紹介したが、いよいよ大詰めになった。

直近の日経新聞によれば、「診療行為に関連して患者が予期せず死亡した医療事故の原因究明と再発防止のため、第三者機関への届け出と院内調査をすべての医療機関に義務付けることなどを盛り込んだ医療介護総合推進法が18日、参院本会議で可決、成立した。医療事故調査制度の枠組みを初めて法制化した。厚生労働省は201510月の運用開始に向け、届け出の基準や調査内容などを指針としてまとめる方針」とある。

そもそもこの医療事故の第三者機関構想は、学会関係では平成13年に日本外科学会がその提案の先鞭をつけ、その後私が日本外科学会の会長をさせてもらっていた平成16 年に日本内科学会、それに日本病理学会、日本法医学会と連名で厚労省に第三者機関の創設の要望書を提出している。 www.naika.or.jp/info/kanrenshi/4gakkai.pdf

一方で、内科外科学会と外科学会が事故調の設置のまでの準備として、自分たちで調査機能を果たすべく準備を進める中で、これを受ける形で厚労省が「診療に関連した死亡の調査分析モデル事業」平成17年に開始しためた。各地区に学会関係者で構成する調査委員をおき、医療施設から申し出のあった事例について弁護士や患者団体代表も交えて数か月で意見をまとめるものである。最初は4地区、その後全国10地区に広がった事業は平成223月に計105例の結果をまとめて終了している。この報告は提言でもあり、第三者機関の設置とともにそれだけでは解決しない課題も指摘し、そこには医師法21条も含まれている。

国では厚労省を中心に、平成20年に事故調の大綱案を出し成立が近いと思われたが政権交代でこの話は休止状態であった。今回、やっと元に戻って最終章になったわけである。といっても来年から始まるこの制度はよほどしっかりした体制と医療界挙げての協力がないと成功しないのではと思う。

この制度の基本は、まず施設内に調査機能をもつ組織を作り、診療にかかわる死亡事例の院内検討でスタートするとともに第三者機関に報告し、遺族が院内の調査結果に納得できない時は第三者機関が再調査をする、というものである。遺族への説明ととともに再発防止にも力が注がれるものである。一方、警察への届は当初議論が白熱したところであるが、最終的には制度上その義務、ステップ、は無くなっているようである。

これまでの経緯と骨子を私なりにまとめさせてもらったが、これから始まるこの制度にまつわるいくつかの問題点を、論点整理という視点で紹介したい。予期せぬ死亡、医師法21条に関連するものと、海外の制度である。

医師法21条では「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」とされている。これは罰則規定であり、都立広尾事件や大野病院事件では医師が逮捕されたり、有罪判決を受けている。そもそもこの制定は明治7年に遡り、当時の公衆衛生状態や犯罪防止などの社会環境から出たものである。しかし、この「異状」、が後々問題を引き起こした。本来は対象が「異状死体」であるべきものが、その後この異状という言葉の解釈が拡大され、体ではなく死亡に至る経緯の異状にも広がり、医療現場での混乱が生じた。なかでも1994年の日本法医学会の異状死ガイドラインは、異状について、「診療に関した予期せぬ死亡」、と定義したことも混乱に拍車をかけた。最近になって、広尾事件の最高裁判決(21条違反で有罪であるが、異状死体の定義を明確にした)の趣旨もあってようやく厚労省も方向転換を示している。以前国立病院への通達で、医療過誤での死亡や障害が疑われるときは警察に届け出ること、としていたが、今では診療関連死は届け出る必要なないとい見解の表明がなされている。これらは、異状死と異状死体と切り分け、体表に異状のある死体の検案をした場合に限る見解を支持している。とはいえ、まだまだ問題をはらむ医師法21条は残されたままである。

もう一点は、刑法の業務上過失傷害や死亡の対象に、医療が含まれていることである。21条よりもっと重いものである。医療では最善を尽くしても予期しない結果が当然出てくるわけであり、意図的に犯罪的な医療を行った場合は対象になるであろうが、一般医療でこれを進めると萎縮医療につながることは再三指摘されている。新たな制度での成果で法律関係の何らかの転換がもたらされるのか、患者の権利保護とともに考えなければならない課題である。

最後に、制度的なことでは第三者機関に医療界や患者さん側から期待するところが大きいが、一歩海外に目を向けると、別の姿が見えてくる。それは英国圏で歴史のある検視官、コロナー制度である。多くは医師でない法曹関係者が担当し、異状死や予期せぬ死亡、術中死、不審死体、主治医がではない医師が死亡に立ち会った場合など、日本でいう死体検案、行政・司法解剖の中心的役割を担うものである。かなりの権限があり、警察に届ける事例かどうかの初期判断を任されている。英国では最近、米国のメディカルイクザミナー(ME)制度の採用も考えられているようであるが、外科医は手術後の死亡について自身や病院の判断で苦労しないでコロナーに任せる制度である。我が国では何か事が起こると、主治医はそのことで忙殺され、病院も機能不全に陥る。ただ、信頼できるコロナーの育成や認定、かなりの数になる解剖など自治体の費用負担は大きいようである。日本では法医学がこの分野を担当し、一部地域では監察医制度もあるが、人材不足が大きな壁である。ただ、日本では臨床側が法医学会への不信感があることも問題で、まず解剖ありきの制度ではなく、臨床的視点からも判断できるME制度の検討も大事ではないかと思う。また、死後のCT検査(オートプシーイメージング)の進歩も同時に期待されるところである。

MEは主に米国で始まった制度で、医師が病理学や法医学を研修したあとに認定される専門医師で、警察から独立した死因究明の責任者である。州単位で設置されていて、一部はコロナー制度との併設もあるようだが、我が国を見るとこのような死因の究明についてのオーソライズされた専門家(医師)を育てることなしに、調査機関のみを走らせる限界も出てくるのではと考えられる。

もう一点は、医療過誤とマスメディアのことも避けて通れないことである。医療の透明化と情報公開がまずスタートではあるが、社会がまず事故調の進捗を静かに見守ってほしいと思う。昨年にNHKの飯野奈津子解説員が論点をまとめていますが、それを引用させてもらって終わりにします。NHKオンラインから。

そもそもなぜ、医療事故を巡る裁判や刑事告訴が増えたのでしょうか。事故に遭遇した患者や家族に、医療側への不信感が生まれたからです。医療には不確実なことが多く、予期しない事態が起こることがありますし、人間がやることですからミスも起きます。そうした時に、患者や家族にどう向き合うのか。新たな事故調査制度ができることは大きな前進ですが、それが本当に信頼回復につながるかどうかは、それぞれの医療機関の姿勢にかかっています。(飯野奈津子 解説委員)
 
 先日大阪での関西胸部外科学会での写真です。 解剖ではなく解体ショーの写真。近大の佐賀俊彦教授が会長で、近大マグロが出てきました。

 
 

 

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