2017年8月10日木曜日

研修医の過労死問題

政府の働き方改革で時間外勤務時間の制限が議論されているが、医療関係の労働環境については別扱いになっている問題が、再び研修医の過労死でクローズアップされている。 そのもとは、東京都内の病院の産婦人科の研修医の自殺が労災認定されたというニュースである。以下、ニュースから転載する。
 労災認定されたのは、都内にある総合病院の産婦人科で勤務し、2015年7月に自殺した30代半ばの男性研修医。遺族の代理人弁護士によると、男性が自殺する前の1か月間の時間外労働は、いわゆる“過労死ライン”の月80時間を大幅に超える約173時間で、200時間を超える月もあった。また、6か月間で5日しか休んでおらず、1日も休みがない月もあったという。
政府の働き方改革実行計画では、残業時間は月80時間が目安で最大100時間とされているが、上記のニュースの記事には、医師の場合はこの制度の運用には5年の猶予がなされているとある。 それは、医師は医師法で応召義務があり、単純に時間制での勤務体制は無理な現状があるため、と解説されている。これがいいのか、問題敵をしている。若手医師の働く環境が悪いと医療の質に低下が生じ、対応が必要である。
医師の過労死が起こった度にかかる議論が出てくるが、その背景は複雑で、単純に労働環境改善といっても解決しない。医師の卒後研修は、最初に2年間は厚労省管轄での義務化研修で、就業時間などは労基法のもとでしっかり管理され、あえて言えば優遇されている。しかし、この後にくる専門分野の研修(修練とか専門医研修と言う)はそれこそ医師としての基礎つくりと自己発展の期間であり、いい加減な研修ではいわゆる立派な医師の仲間入りはできなくなる.研修医間の競争もあり、言われたことはしっかりこなさないと全体に迷惑をかける。また上司は求められる診療をチームで遂行し、また質の担保も維持しなければならない。指導監督とともに、学会活動や管理職としての仕事も多く、指導医の過労は常態しているともいえる。規則どおりの勤務では現場は成り立たないのである。研修医も指導者側も同じ厳しい労働環境にあることの認識も重要である。
勤務時間や時間外労働を労基法でしばって管理するのは確かに医療現場にはそぐわないところも多いが、現実には労基はしっかり調査して、時間外の給与を支払えとか、医師の補充をしろ、という話になる。こういったことは何かおかしいのでは。安全と安心、そして質の担保された医療は、高度の知識と技量、経験を持った医師と医療者が必要である。そこには医師と共に働く専門職が不可欠であるが、わが国では医師にほとんどを頼っている現状がある。法律上医療行為は医師の専権行為ではあるが、医師の指示の下で働く看護師も、特別な教育を受けたものは、特定の医療行為が行える制度も進んでいる。しかし、まだ緒についた所である。病院の産科には助産師がおられるが、医師の長時間勤務との関係ははっきりしていない。要は、若手医師を働き手として数で勘定するのではなく、個人個人の生活も考えて、また全体を見て環境改善をしないといけない時期にあると思う。医師以外の専門職を育て、医師と協同で医療現場を安心安全な環境にしていく努力が不可欠である。私の育った時代はまさに過労死寸前状態の連続であり、それがまた当然のように受け止められていた。精神的に落ちこまれて命を絶った若い医師もおられたが、労働環境という視点は出てこなかった。長い歴史はそう簡単には変わらないのか。小手先では解決されない。病院も医業収入を得るのが至上命令である限り、医療者、特に医師に負担が出てくる構図である。医師の数を増やさないでこのような問題を解決していくことが問われている。
さて、この問題でいつも引用するのは、米国のLibbyである。1984年に起こった医療事故がきっかけでできた法律である。https://en.wikipedia.org/wiki/Libby_Zion_Law

その内容は、このブログの2016621日の投稿を参照して頂きたい。米国で、レジデント(研修医)の過労による判断ミスで医療事故が起こった後、レジデントの勤務時間を週80時間に制限したものであり、現在も続けられている。この80時間は結構長い時間であるが、わが国の時間外との関連で見るとどうなるか。勤務時間と時間外、という括りがそもそも医療現場では馴染まないのではないか。そして、米国では過労による医療事故、わが国では過労による研修医の自殺(医療事故を防いだかもしれない医師が)、何かわが国の医療の縮図を見るような気がする。それにしても我が国は医師については働き改革計画の実行は5年の延期を決めている。それは行政の不作為、あるいは医療側の怠慢かもしれない。そして、その対策は研修医(若手医師)においてまず早急に実施し、それに伴った上級医師の対応も出来てくるのではと思う。単なる時間規制では何ら前進しない医療環境にどういうメスが必要か。一人の死を無駄にしない、医療界、行政の行動が待たれるのではないか、というのが今回の感想である。