2014年9月10日水曜日

終末期医療,救急・集中医療では

  最近は悪性腫瘍だけではなく他の種々の終末期の医療に関心が高まっている。尊厳死が未だ法制化されていない状況で人工呼吸器を意図的に外せるかは司法も絡む問題である。身近なところでは意思疎通の出来ない慢性透析患者さんに動脈瘤が見つかった時にステント治療を行うのか,といったことも出てきている。また重症心不全患者さんもこの終末期医療の対象となって来ている。終末期医療では決してないはずの補助人工心臓も絡んでくる状況が出てきていて、緩和ケアとも相通じる問題でもある。
この5月であるが、救急医療と終末期医療に関連する学会がガイドラインの案を出した。日本集中治療学会、日本循環器学会、そして日本救急医が集まってまとめたもので、「救急・集中医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)」案、である。急性期の重症患者を対象とする学会としては一部ではあるが、終末期医療の問題が山積しているなかで、ある意味大事なボールが投げられたのではないか。3学会に循環器学会が入っているのにはある意味驚きではあるが、重症心不全患者さんには種々の先進的な医療が行われ,一方で万策尽きた後の最後はどうするかが臨床現場で問題になっているからであろう。この話題は、日経メディカルの9月号に、「患者の最後のどう向き合う」という特集版にうまく纏められているので、概要を紹介させてもらう。

このガイドラインの趣旨を見ると、まず、救急・集中治療における終末期の判断やその後の対応について考える道筋を示していて、救急初療室で搬送された心肺停止状態の患者や瀕死の重症患者に関して蘇生行為や救命治療を行う判断などは想定していない,とされている。また、本提言の使用を強制するものではなく、どのように使用するかは各施設の選択に委ねられている,というものである。とはいえ、終末期とは、そしてどういうプロセスで考え判断していくか具体的に示されていて、各施設でこの問題の対応をシステム化する上で大事になってくると思われる。終末期患者といえば癌の末期が多く想定されるが、悪性腫瘍患者については既に関係学会で取り組まれ,緩和ケアが進んでいることからここでは敢えて加わらなかったのかもしれない。纏められた方のコメントとして、全ての医学界で一つに纏めるのが理想と述べられているが、まずは急性期の重症患者さんを対象にして纏めたもので、他の学会が加わっても大きな方向性は変わらない(岡山大氏家教授)ということである。また、意識のない患者の思いを尊重する,というコンセプトで、「家族の希望を最大の決定因子にするのではなく、患者の最善の利益を考える」という大前提が掲げられている所に大きな意義があると思われる。

この提言に対して学会員の意見(パブリックコメント)をもとにこの秋に最終版を出すとのことである。
 
さて、提言の大事なところは終末期の定義である。以下、引用すると、1)不可逆的な全脳機能不全であると十分な時間をかけて診断された場合  2)生命が人工的な装置に依存し、生命維持に必須な臓器の機能不全が不可逆的であり移植などの代替手段もない場合、3)その時点で行われている治療に加えて、さらに行うべき治療方法がなく、現状の治療を継続しても近いうちに死亡することが予測される場、 そして4)回復不可能な疾病の末期、例えば悪性疾患の末期であることが、積極的治療の開始後に判明した場合、である。

ここでは1にあるようにいわゆる脳死状態を第1に掲げ、2にあるように生命維持装置がついているが各臓器も末期的状態であり、移植などの代替手段もない,とされている。一部の臓器を移植しても延命が得られないし、その対象にもならない、ということである。3では、最大限の治療を行っているが、それでも死が近づいている,という状況である。4は癌の末期を示している。ということで、終末期とは何かを考える上での今後の指標となるものではないかと思われる。
 
全部紹介することは出来ないがガイドラインの要点として、延命措置への対応があり、患者に意思決定能力がある場合とそうでない場合に分け、具体的なプロセスが示されている。また、延命治療を中止する方法についても選択肢が上げられている。そして重要なのは,終末期医療における医療者の役割が書かれていることである。
 
プロセスに関することでは、ツールとして、日本集中治療学会の出している「臨床倫理4分割法」も紹介されている。A Jonsenらが1982年に出したものが基本であるが、①医学的適応、②患者の意向、③QOL、④周囲の状況、の4つである。個々の症例についてこの方法で分析し,思考を進めることを推奨している。こういう考え方の共通するツールがあることは大事である。こういう手法を提言に加えたことは意義が大きい。

日経メディカルの解説として、プロセス、ということを強調している。すなわち、医療チームを構築することと、ガイドラインに沿ったプロセスを取ることが肝要としている。引用すると、「例えば人工呼吸器の中止も、かろうじて適法と言う線を探るのではなく、余裕を持って適法と呼べるだけの要件を示している(慶応大井田氏)」となっている。かなり思い切ったコメントであるが、法律を作ったり変えたりするのではなく、関係学会の合意というガイドラインの重みが今後増えてくることが予想される。後は、患者さん側の団体や医療倫理に専門家、法曹界がどういう反応をするのか、気掛かりではある。しかし、厚労省は既にこの4月に終末期医療に関する意識調査を行い,次の施策としてモデル事業もスタートされていることから、大きな動きが始まっていると感じられる。ただ、モデル事業も、かっての医療事故のように、何年もかかっていてはこの提言の意味が薄れていくのではないか。あるいは並行して進むということならよく理解できる。

循環器系では重症心不全が取り上げられている。入退院を繰り返す重症(末期的)心不全が多くなってきていて、高度医療や外科治療,移植や補助心臓も適応されない,例えば70歳以上(私見)、患者さんを抱える循環器内科医として悩む事態が多くなっている。ここでは兵庫県立姫路循環器病センター大石先生が具体例を踏まえて解説している。この中で,モルヒネ導入も紹介されている。癌ではない心不全でもこういう対応が求められる状況が少なくないことが分かる。

心不全では話題としては些かずれるが、個人的な印象を書かせてもらう。テーマが異なるとは言え大事なのは、心不全でかかる終末期にならないようにする上で我が国の心不全治療はどうか、と言うことである。慢性心不全治療が標準化されているか、例えば65歳以下で心臓移植の説明がされてきたか、などのこれまで最善の治療が行われた上での終末期か,を考えることも大事ではないかと思ってしまう。ガイドラインを作られた方には投げても仕方ない話しであるが。
この特集では、癌末期とともに人工透析患者の見合わせ(非導入、継続中止)も紹介されているが、ここで書くのは控えておく。

ということで紹介はこれ位にしておきます。個人的には、終末期というとどうしても脳死との絡みで考えてしまうのですが、この提言は最初に断られているように救急医療の入り口でのことではないので、臓器の提供というシチュエーションは生じないわけです。ただ定義には、不可逆的な全脳機能不全でかつ十分な時間をかけて診断、という説明が加えられていいます。まさに脳死のことなのですが、何故か脳死という言葉の使用は避けています。脳死は臓器提供がされる(考えられる)状況で初めて使われるからなのでしょうか。人工呼吸器を外す,といった状況では,臨床的にせよ脳死判定が必要な訳で、十分な時間を掛けて診断と敢えて書かれている趣旨が分かりかねるわけです。

   言い換えれば、ことほどかように、脳死,あるいは脳死判定、ということが特殊状況なのかと思わずにおられません。

   救急医療における患者や家族の意思決定の難しさや、尊厳死とは何かを改めて考えさせられた次第です。